2018年06月10日

やぶる


「やぶる」は,

破る,
敗る,

と当てる。「やぶる」は,『岩波古語辞典』に,

「固いもの,一つにまとまっているものなどの一部分を突いて傷つけ,その全体をこわす意。類義語ヤリ(破)は,布などの筋目を無視して引きちぎる意。サキ(割)は切れ目から全体を引き離す意」

とある。だから,まずは,物理的に,

(堅いものを)くだく,こわす,
(布・紙など平らなものを)裂く,

という状態表現から,それをメタファに,

人を傷つける,
ヒトの心に反するようなことをする,
妨げてダメにする,
守るべきものに反する,犯す,
(固め・備え・護りなどを)突破する,

さらに,意味の外縁を拡げて,

戦いや勝負ごとに相手を負かす,
相手を言い負かす,

といった意味になり,ここで「敗る」と当てる。「破」(ハ)字は,

「『石+音符皮』。皮(曲線をなしてかぶせるかわ)とは直接の関係はない。」

とあるが,これではよくわからない。

https://okjiten.jp/kanji847.html

には,

「形声文字です(石+皮)。『崖の下に落ちている石』の象形(『石』の意味)と『獣の皮を手ではぎとる』象形(『皮』の意味だが、ここでは『波』に通じ(『波』と同じ意味を持つようになって)、『波(なみ)』の意味)から、くだける波のように石が『くだける』を意味する『破』という漢字が成り立ちました。」

とする。「やぶる」「表面をやぶる」「こわす」という意味から見ると,後者の方がわかりやすい。

「敗」(漢音ハイ,呉音ヘ・ベ)は,

「貝(ハイ・バイ)は,二つに割れた貝を描いた象形文字。敗は『攴(動詞の記号)+音符貝』で,まとまったものを二つにわること。または二つにわれること。六朝時代は,割ることと割れることの撥音に区別があった。」

とある。

https://okjiten.jp/kanji671.html

には,

「形声文字です(貝+攵(攴))。『子安貝』の象形(貝の意味だが、ここでは『敝(へい)』に通じ(『敝』と同じ意味を持つようになって)、『やぶれる』の意味)と『ボクッという音を示す擬声語・右手の象形』(『手で打つ・たたく』の意味)から『やぶれる』を意味する『敗』という漢字が成り立ちました。」

とある。「破」も「敗」も,「やぶる」意であり,それが,「敗」は「敗る」意へとシフトしたものらしい。『字源』には,

破は,わる,われるなり。又,裂なり。破竹,破甕,破卵,傘破の類。
敗は,成または勝の反。物のつぶれる義。急に物をわりやぶるは,破なり。いつとはなしにつぶれやぶれるは,敗なり。…破軍は,急に打ち破るなり。敗軍は漸くに敗りたるなり。

と,両者の区別をしている。『大言海』は,「やぶる」に,

破,
敗,

の他に,

壊,
傷,
残,
敝,
裂,

の字を当てている。『字源』によると,

壊は,くずれ毀(そこな)われるなり。やぶるとも訓む。破壊,敗壊,崩壊などと用ふ。
傷は,きずつきやぶれるなり,
敝は,完の反。衣服の古びやぶれる義。敝衣,敝箒。
裂は,ひきさくなり,大小に通じて広く用ふ。
残は,そこなふとも訓む。あれのこる義,

さて,「やぶる」の語源であるが,『大言海』は,

破毀(やれこぼる)の義,

とする。他に,

イタハグラス(板剥)の反(名語記),
矢触の義か(和訓栞),
ヤベアル(矢方有)の義(名言通),
ヤフル(屋古流)の義(柴門和語類集),
ヤブル(屋古)の義か(和句解),
ヤブル(弥古)の義か(和語私臆鈔),
ヤブウル(得)の約で,ヤはイヤ(弥)の略,ブは広がり進む意(国語本義)

等々と諸説あるが,

「やる」で,

破る,

と当てる。「やる」と「やぶる」の何れが古いのかは,わからないが,『岩波古語辞典』は,他動詞「や(破)り」と自動詞「や(破)れ」を載せ,前者は,

「紙や布などの,漉きめ織り目を無視して引きちぎる」

意とあり,

「めでたき御紙づかひ,かたじけなき御言の葉を尽くさせ給へるを,斯くのみヤラせ給ふ,なさけなきこと」(源氏)

と用例を載せ,後者は,

「(紙や布地・垣根などが)裂け目ができてちぎれる」

意とし,

「衣こそばそれヤれぬれば,継ぎつつもまた合ふといへ」(万葉)

と用例を載せる。どうやら「やぶる」と「やる」は併存してきた。とすると,「やぶる」の語源の説明は,

や(破)る,

について,説明できなくてはならない。『日本語源広辞典』は,「やぶれる」の項で,『大言海』の「やりこぼつ」を,

「音韻変化上,疑問です。」

としながら,

「紙,布などを裂く,裂いてだめにするヤブルが,語源に近く,平滑な板状のものをこわすのをヤブル,戦いをしてヤブル(破る・敗る)も同源と考えます。」

とあるのは,説明になっていない。

「や(破)る」を考えたとき,「や」の動詞化,ということを思いつく。ここからは臆説である。で,「や」を「弥」と考えるか,「矢」と考えるか,といえば,「矢」であろう。「弓矢」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/450350603.html

で触れたが,「矢」の語源には,

ヤリ(遣)の義(名言通・大言海),
ヤル(遣)の義(日本釈名・日本声母伝・天朝墨談),
ヤ(破)の義(東雅),
ヤブル(破)の義(古今要覧稿・言葉の根しらべ),
ハヤ(早)の義(言元梯),
竹を並べたところが胡簶(やなぐい)に似ているところから,ヤナの反(名語記),
イヤル(射遣)の義(言葉の根しらべ),
イヤリ(射遣)の義(日本語原学),
イル(射る)の転,イラの約(和訓集説),
射る時の音からか,また,ハ(羽)の転か(和訓栞),
当たるか当たらぬかはさだめがたいところから,疑問詞のヤ(国語本義),

等々ある中で,

ヤ(破)の義(東雅),
ヤブル(破)の義(古今要覧稿・言葉の根しらべ),

の説が気になる。「やる」は,

矢,

の動詞化なのではないか,と思うのである。

矢る→や(破)る→やぶ(破)る,

と。臆説ではある。

Yoshitoshi_Fujiwara_no_Hidesato.jpg

(箙(えびら)を携え、矢を射ろうとしている藤原秀郷 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%93%E7%9F%A2より)


参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)


ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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posted by Toshi at 05:08| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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