2018年06月12日
逐電
逐電は,『広辞苑』に,「ちくてん」で載り,
「チクデンとも。稲妻を追いかける意」
とあり,『デジタル大辞泉』には,
「古くは『ちくてん』とも。」
とある。今日だと,
行方をくらます,
意で用いることが多いが,
極めて早く行動すること,
という意味も載る。『岩波古語辞典』には,「ちくてん」で,
「電光を逐(お)う」
とある。「逐電」の「逐」(漢音チク,呉音ジク)の字は,
「『豕(いのしし)+辶(すすむ)』で,いのししを追いつめることを表す。」
で,あとをつけて一歩一歩追いつめる,という意味である。
「電」(漢音デン,呉音テン)の字は,
「原字は申で,いなずまの姿をえがいた象形文字。のち『臼(両手)+|(のばす)』の会意文字。電は『雨+音符申(のびる)』で,さっと長くのびるいなづま」
を示し,稲妻,雷の光,を意味する。つまり,逐電は,
雷光を逐う,
という意であり,そこから,
極めて早く行動すること,
とつながったと思われる。『字源』は,「逐電」を,
電光を遂ふ如く極めて早し,
としている。これが原義と思われる。因みに,「逐う」の類語は,
追う,
だが,「追う」は,
逃げるものを追いかけ捕える義,
とあり,「逐う」は,
此の方より,物をおひ払う義。駆逐と連用す。逐臣とは,国外へ,逐ひ払ひたる臣を云ふ。また追と同じくものを追い回す義にも用ふ」
とある。「逐」には,「放逐」とか,追放の含意があることは,着目していい。
なお『大言海』には,こうある。
「相馬の語に起こる。劉勰,新論『九方諲之相馬也,雖未追風逐電,絶塵滅影,而迅足之勢固已見矣』。朱子題跋『天馬脱銜,追風逐電』」
「新論」は,北齊·劉晝「新論·知人」らしい。これを見る限り,
追風逐電,
と対句になってしいて,とかく迅速であることを言っているようだ。
追風逐電
が成語であるらしく,
https://tw.18dao.net/%E6%88%90%E8%AA%9E%E8%A9%9E%E5%85%B8/%E8%BF%BD%E9%A2%A8%E9%80%90%E9%9B%BB
形容速度極快,多指馬飛速賓士,
と釋義が載っている。
追風逐日,
とも言うらしい。この限りでは,迅速さを言うのみだから,
御使逐電帰参,
という用例が載る。「逐」の字の持つ,
追放,
の含意のせいだろうか,
http://railway.cocolog-nifty.com/hyogen/2010/03/post-ebf6.html
に,
「逐 は『追いかける』意なので、逐電 は『稲妻を追いかけるごとく素早く逃げる』語意になるのだが、これとて『逃げる』という意味はこの二文字のどこにもないわけで、実際もともとの中国の用法では『逃げる』の意は含まれない。だからこれは、日本での慣用によってたまたま定着した意味なのであろう。」
とあるように,日本では,
「未だ了(をは)らざるに成通卿逐電」
と,逃げる意に転じている。「逐」には元々「追う」意であり,せいぜい追い払われる意があっても,逃げるでは,180度変わっている。この転換は,視点が,
追われる,
という状態表現から,主体の,
逃げる,
という表現に転換しているところも,面白い。
なお,類義語「駆落ち」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/436373236.html
で触れた。この「駆落ち」も,本来,
戦いに負けて他所へ逃げ走ること,没落,
という意味なのに,逃げる意味が,
「恋し合う男女が連れだって密かに他の地へ逃亡すること」
へと転じている。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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