「以来」は,
已来,
とも当てる。
そのときからこの方,
という意味と,
この後,
の二つの意味がある。
ある時点から以後,
という意味と,
今という時点以後,
では意味が少し違う。他の辞書には載らないが,『大言海』は,
それよりこのかた,
の意味に,
左傳,昭公十三年『自古以来,未之或失也』「開闢以来」
を引く。ある時点を基軸に,それ以降,という意味である。その上で,もうひとつ,
「誤りて,この後,今後」
という意味を載せる。その意味で,「以来」は,本来,
爾来,
それより後,その時以来,
という意味だったと考えられる。ただ,今日,「以来」を,今後の意味では,あまり使わないが。
以来は謹むべき(大言海),
以来は酒をふつつとくだされまい(広辞苑),
以来屹度心得まする(大辞林),
という用例は,あまり見かけまい。だから,
以来は、過去のことに限り(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1364822383),
といった断言ができるのだろ。ま,言葉は生き物,言い切るのはちょと。。。。
さて,「以」(イ)の字は,
「『手または人+音符耜(シ すき)の略体』で,手で道具を用いて仕事をするの意を示す。何かを用いて工作をやるの意を含む,…を,…で,…でもってなどの意を示す前置詞となった」
とある。「以来」は,「それより来りて」といった意味になるので,一定時点が,過去でも,たった今でも,一秒でも前なら,その意の範囲に入る,と言ってしまえば,「過去」に限定などと堅いことは言えまい。因みに,「以」の草書体が平仮名の「い」になった。
(「以」 甲骨文字 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%BB%A5より)
「以来」は「已来」とも当てるが,「已」(イ)の字は,「未(いまだ)」と対で,既に,という意味になる。「已然」「已往(イオウ すでに過ぎ去ったこと)」「已知之矣(すでにこれを知れり)」といった使い方をする(漢字源)が,
「古代人がすき(農具)に使った曲がった木を描いたもの。のち耜(シ すき)・以(イ 工具で仕事をする)・已(やめる)などの用法に分化した。已(やめる)は,止(とまる)・俟(イ とまって待つ)に当てた用法。また以に当ててもちいる。」
とあり,「以来」と「已来」は代替されたとみられる。「已来」は「これより来った」といった意味なので,ある時点以降を指すという意味では,「以来」と重なる。
「爾来」は,
それより後,
の意だが,「爾」(漢音ジ,呉音ニ)の字は,「我」と対の「爾(なんじ)」であるが,
「柄にひも飾りのついた大きいはんこを描いたもの。璽(はんこ)の原字であり,下地にひたとくっつけて印を押すことから,二(ふたつくっつく)と同系のことば。またそばにくっいて存在する人や物を指す指示詞に用い,それ,なんじの意をあらわす」
とある。「爾来」は,「其処より来りて」といった含意であろうか。
ただ,「以」は,以後,以上,以下のように,その時点を含んだ含意が明確なので,発話者は,「以来」といったとき,その時点にまで立ち戻って,「それ以来」といっているニュアンスがあるが,「已来」も「爾来」も,「すでに」「そこ」と,今の時点からその時点を見て,遠くから発話しているというニュアンスを感じる。ま,臆説だが。
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95