「いくさ」は,
軍,
戦,
兵,
と当てる。
(「大坂夏の陣図屏風」右隻全図 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%9D%82%E5%A4%8F%E3%81%AE%E9%99%A3%E5%9B%B3%E5%B1%8F%E9%A2%A8より)
「軍」(漢音グン,呉音クン)は,会意文字で,
「『車+勹(外側をとりまく)』で,兵車で円陣をつくって取り巻くことを示す。古代の戦争は車戦であって,まるく円を描いて陣取った集団の意。のち軍隊の集団をあらわす」
とあり,「たたかい」「つわもの」「兵団」の意である(『漢字源』)。
https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%BB%8D
には,「『勹』車に立てた旗を象ったもので象形とも」とある。
https://okjiten.jp/kanji660.html
には,
「会意文字です(冖(勹)+車)。『車』の象形(『戦車』の意味)と『人が手を伸ばして抱きかかえこんでいる』象形(『かこむ』の意味)から、戦車で包囲する、すなわち、『いくさ』を意味する『軍』という漢字が成り立ちました。」
「戦(戰)」(セン)の字は,
「單(単)とは,平らな扇状をした,ちりたたきを描いた象形文字。その平面でぱたぱたとたたく。戦は『戈+音符單』で,武器でぱぬぱたと敵をなぎ倒すこと。また憚(タン はばかる)に通じて,心や皮膚がふるえる意に用いる。」
とある。「たたかう」意だが,「たたかう」
http://ppnetwork.seesaa.net/article/452805063.html
で触れたように,
「タタ(叩)クに接尾語フのついた語」
とあるから,「戦」の字義と通じるものがある。
https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%88%A6
は,「單」を,
武器の一種の象形、盾の象形とも,
とある。
https://okjiten.jp/kanji701.html
は,だから,
「会意兼形声文字です(単(單)+戈)。『先端が両またになっているはじき弓』の象形と『先端に刃のついた矛(ほこ)』の象形から『たたかう』を意味する『戦』という漢字が成り立ちました。」
という説を採る。
「兵」(漢音ヘイ,呉音ヒョウ)の字は,会意文字で,
「上部は斤(おの→武器)の形,その下部に両手を添えたもので,武器を手に持つさまを示す。並べあわせて敵に向かう兵隊の意。」
とある。
(「兵」,殷・甲骨文字 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%B5より)
https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%B5
も,
「斤(おの)」+「廾(両手をそろえた様)」、斧(=武器)を両手で持つ様,
とし,
https://okjiten.jp/kanji635.html
も,
「会意文字です(斤+廾)。『曲がった柄の先に刃をつけた手斧』の象形と『両手』の象形から、両手で持つ手斧を意味し、そこから、『武器・兵士・軍隊』を意味する『兵』という漢字が成り立ちました。」
とする。
「戦」「軍」「兵」ほ当てた「いくさ」は,例えば,『日本語源広辞典』が,
「イ(射)+クサ(人々)」
で,「射る兵卒」の意とするのが典型で,『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/i/ikusa.html
も,
「いくさの『いく』は、矢を『射る』『射交わす』意味の『いくふ(いくう)』か、『まと(的)』を意味する『いくは』の語根。いくさの『さ』は、『矢』を意味する『さ(箭・矢)』、もしくは接尾語の『さ』。つまり、いくさの語源は『矢を射る』『矢 を射交わす』ことである。古く,『いくさ』の語は『矢射るわざ(こと)』の意味で用いられることが多く,『戦争』や『戦闘』の意味が主となったのは中世以降である。」
と,細部の分析はともかく,「矢」と「射る」というに深くつながるらしい。『大言海』は,「いくさ」について,
射,
軍,
を別項を立てている。前者「いくさ(射)」は,
「イクは,射(いく)ふの語幹。,サは,箭(さ)なり。…箭を射ふ,即ち,射箭(イクヒサ)なり(贖物[あがひもの],あがもの,馳使部[はせつかひべ],はせつかべ)。賀茂真淵云ふ『伊久佐は,射合箭(イクハシサ)と云ふことなり』」
とし,「射(いく)ふ」の項で,
「射交(いか)ふ(行交ふ)の転にて(ゆかりなし,ゆくりなし。いつかし,いつくし),射るに連なりて,他動となり,射交わすの意ともなれるなるべし。明け暮らすも,自動と合して他動となる」
とし,「箭(さ)」の項では,
「刺すの語根にもあるべきか,…或は征箭(そま)の約かとも云ふ,いかが。朝鮮語に,矢を,サルと云ふとぞ」
とする。いささか自信なさげであるが,『岩波古語辞典』に「さ(箭・矢)」は,
「矢(や)の古語。朝鮮語salの末尾の子音を落した形」
とある。で,「いくさ(軍)」の項は,
いくさびと,
いくさだて,
の意とある。これは,「いくさ」が戦いの意に転じた後の使い方なのだと思われる。
これまでのところ,「いくさ」は,「射交わす」の意とされているが,語源説は,大きく二つに分かれる。『日本語源大辞典』は,
「『いく』は『的』を意味する上代語の『いくは』,また『射る』の意の『いくふ』と関係があるか。『いきいきとして生命力の盛んなるさま』を表す接頭語の『いく(生)』との説もある。『さ』は『箭(や)』の意の『さ』『さち』と同根とも,接尾語の『さ』とも考えられる。」
と説くが,『岩波古語辞典』は,
「イクはイクタチ(生大刀)・イクタマ(生魂)。イクヒ(生日)などのイクに同じ。力の盛んなことをたたえる語。サはサチ(矢)と同根。矢の意。はじめ,武器としての力のある強い矢の意。転じて,その矢を射ること,射る人(兵卒・軍勢),さらに『軍立ち』などの用例を通じて矢を射交わす戦いの意に展開」
やはり「や(箭)」につながるが,「いく」が,
「生命力が盛んなのをほめる」
接頭語で,「生(いく)太刀」「生(いく)日」「生(いく)魂(むすび)」という言い方には,呪力を込める思いがある。結局,
矢を射る(人)→矢を射交わす→戦,
と,意味がシフトしていったにしろ,その矢に思いを込めるという説に惹かれる。
『大言海』の,「軍」でいう,「いくさびと」は,
「射人(いくさびと)の義,射(いくさ),即ち,弓射る人の義。戦争の武器は,弓矢を主としたりき,後世,弓矢取,又弓取などと云ふも,是なり」
とあり,「いくさだち」(軍立)は,
「射立(いくさだち)の義。タチは役立(えだち)の立に同じ。射(いくさ),弓矢の役に立つ義なり,イクサとのみ云ふは,下略なり。…イクサと云ひて,戦争の意とするは後世の事にて,古くは見えず,上代にイクサと云ひしは軍人(イクサビト)のことなり。…然るに軍人の義なる語は,夙(はや)くに滅亡して,戦争(いくさ)の意,其称を専らとするに至れり」
とし,
イクサビト(軍人)→イクサ(戦),
と転じたとする。
どの場合も,「いくさ」しか指さなくなったが,考えれば,その目的はそれなのだから,はずれているというわけではない。戦争の意で用いられるのは,中世以降,
「特に,『平家物語』『保元物語』など軍記物語にはこの意でもちいられている。」
という。「いくさ」のこういう変化は,「軍→いくさ」「兵→いくさ」という拡大と重なっている。因みに,「軍立」は「いくさだて」と訓まれ,
戦いの方法,
つまり,軍略の意,に転ずるのは当然と言えば当然か。
なお,「矢」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/450350603.html
で触れた。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
掌笹間良彦『図説 日本戦陣作法事典』(柏書房)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:いくさ