2018年09月05日
オニ
「オニ」は,
鬼,
と当てるが,「鬼」(キ)の字は,
「大きなまるい頭をして足元の定かでない亡霊を描いた象形文字,『爾雅』に『鬼とは帰なり』とあるが,とらない」
とある(『漢字源』)。中国語では,本来,
「おぼろげなかたちをしてこの世に現れる亡霊」
を指す。『漢字源』には,
「中国では,魂がからだを離れてさまようと考え,三国・六朝以降は泰山の地に鬼の世界(冥界)があると信じられた。」
とあり,やはり,仏教の影響で,餓鬼のイメージになっていった,と見られる。これについては,「鬼」の項,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/430051927.html
で触れた。「オニ」は,『広辞苑』)は,
「隠(おに)で,姿が見えない,意という。」
とあり,『岩波古語辞典』も,
「隠の古い字音onに,母音iを添えた語。ボニ(盆),ラニ(蘭)に同じ」
とある。『日本語源広辞典』も,
「『隠の字on+i』です。隠れて目に見えないもの,の意です。」
とし,『大言海』は,もっと詳しい。「和名抄」に云う,として,こう書く。
「『四聲字苑云ふ,鬼(キ),於爾,或説云,穏(オヌノ)字,音於爾(オニノ)訛也,鬼物隠而不欲顕形,故俗呼曰隠也,人死魂神也』トアリ,是レ支那ニテ,鬼(キ)ト云フモノノ釋ニテ,人ノ幽霊(和名抄ニ『鬼火 於邇比』トアル,是レナリ)即チ,古語ニ,みたま,又ハ,ものト云フモノナリ,然ルニ又,易経,下経,睽卦ニ,『戴鬼一車』疏『鬼魅盈車,怪異之甚也』史記,五帝紀ニ,『魑魅』註『人面,獣身,四足,好感人』論衡,訂鬼編ニ,『鬼者,老物之精者』ナドアルヨリ,恐ルベキモノノ意ニ移シタルナラム。おにハ,中古ニ出来シ語トオボシ。神代記ナドニ,鬼(オニ)ト訓ジタルハ,追記ナリ」
さらに,『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/o/oni.html
も,
「中国では 『魂が体を離れてさ迷う姿』『死者の亡霊』の意味で鬼の字が扱われていた。 日本では、『物(もの)』や『醜(しこ)』と呼んでいたため、この字も『もの』や『しこ』と読まれていた。『おに』と読まれるようになったのは平安時代以降で、『和名抄』には、姿の見えないものを意味する漢語『隠(おん)』が転じて,『おに』と読まれるようになったとある。」
ととする。かつて「オニ」は見えないものであり,「鬼」の字を当てたのには,それなりに意味があった。
『日本語源大辞典』も,基本,「隠(オン)が変化したもので,隠れて人の目に見えないものの意」とし,
「オン(隠)がオニとなるのは,onにiの母音が添えられたからと言われ,類例としては『ボン(盆)』→ボニ,『ラン(蘭)』→『ラニ』が挙げられる。」
とする。諸説をみても,
オン(隠)の字音から転じた語(和名抄)。オニは古語ではなく,古くは,神でも人でもない怪しいものを,モノといい,これに適合する漢字はなかった。モノは常に人目に見えず隠れているということから,オン(隠)の字音を用いるようになり,オニと転じた(東亜古俗考=藤原相之助),
「陰」の字音から転じた語か(日本釈名・東雅),
等々が,その主張である。その他に,
オニは漢字の転音ではなく,日本古代の語で,常世神の信仰が変化して,恐怖の方面のみ考えられるようになったもの(信太妻の話=折口信夫),
オは大きいの意,,ニは神事に関係するものを示す語。オニは神ではなく,神を擁護するもの,巨大な精霊,山からくる不思議な巨人をいい,オホビト(大人)のこと(日本芸能史ノート=折口信夫),
といった折口説が有る。折口は,
「極めて古くは、悪霊及び悪霊の動揺によって著しく邪悪の偏向を示すものを『もの』と言った。万葉などは、端的に『鬼』即『もの』の宛て字にしてゐた位である」(『国文学』)
としているが,大野晋は「『もの』という言葉」と題した講演で
『もの』という精霊みたいな存在を指す言葉があって、それがひろがって一般の物体を指すようになったのではなく、むしろ逆に、存在物、物体を指す『もの』という言葉があって、それが人間より価値が低いと見る存在に対して『もの』と使う、存在一般を指すときにも『もの』という。そして恐ろしいので個々にいってはならない存在も『もの』といった。
古代人の意識では、その名を傷つければその実体が傷つき、その名を言えば、その実体が現れる。それゆえ、恐ろしいもの、魔物について、それを明らかな名で言うことはできない。どうしてもそれを話題にしなければならないならば、それを遠いものとして扱う。あるいは、ごく一般的普遍的な存在として扱う。そこにモノが、魔物とか鬼とかを指すに使われる理由があった。」
と批判している(http://www.fafner.biz/act9_new/fan/report/ai/oni/onitoyobaretamono.htm)らしい。しかし,
「古くは、『おに』と読む以前に『もの』と読んでいた。平安時代末期には『おに』の読みにとって代わられた」
とされているが,
「得体が知れない存在物」で『物』としかいいようのないものがある」(藤井貞和)
のは確かで,むしろ「もの」としか和語は識別できず,神と鬼とに分化していったと見るべきなのだろう。折口が,古代の信仰では
「かみ(神)と、おに(鬼)と、たま(霊)と、ものとの四つが代表的なものであった」(『鬼の話』)
とするが,平安時代以前は、
「『かみ』『たま』『もの』の三つであって『おに』は入らない。」(大和岩雄『鬼と天皇』)
とする(http://www.fafner.biz/act9_new/fan/report/ai/oni/onitoyobaretamono.htm)。こうみると,ぼくには,「もの」が「かみ」「かま」「もの」に分化(というより,「もの」から「かみ」と「たま」が分化)し,さらに「もの」から「おに」が分化していった,というように見える。
なお,「鬼」については,
民俗学上の鬼で祖霊や地霊。
山岳宗教系の鬼、山伏系の鬼、例、天狗。
仏教系の鬼、邪鬼、夜叉、羅刹。
人鬼系の鬼、盗賊や凶悪な無用者。
怨恨や憤怒によって鬼に変身の変身譚系の鬼。
という5種類に分類されるらしい(馬場あき子説 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BC)。
(鳥山石燕『今昔画図続百鬼』より「鬼」世に丑寅(しとら)の方を鬼門といふ。今鬼の形を画くには,頭に牛角をいただき腰に虎皮をまとふ。是丑と寅との二つを合わせてこうしての形をなせりといへり。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BCより)
参考文献;
鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』(角川ソフィア文庫)
稲田浩二他『日本昔話事典』(弘文堂)
乾克己他編『日本伝奇伝説大辞典』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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