2018年09月10日

魔が差す


「魔が差す」は,

悪魔が入り込んだように,ふと普段では考えられないような悪念を起こす,

意と,『広辞苑』にはある。しかし,https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1138914296にあるようにに,

悪いことをした後の言い訳,

によく使う。

「一瞬、判断力を失う」といった意味です。似た言葉に「出来心(できごころ)」があります。」

の説明が的を射ている。ただ,「出来心」は,

「もののはずみで,ふと起こった悪い考えや思い」

で,どちらも江戸時代に用例があるが,「魔」自体は,「吾恋八魔目(吾が恋止まめ)」という用例があり,

「魔(ま)」自体は「奈良時代に普通に使われる語であったと思われる。」(『岩波古語辞典』),

ということらしい。

「出来」は,『岩波古語辞典』に,接頭語として,

「にわかの,急ごしらえの,の意を表す」

とある。心に瞬時に浮いた,というところに焦点を当てると,

出来心,

となり,それの誘因に焦点を当てると,他責として,

魔が差す,

となる,ということか。『笑える国語辞典』

https://www.fleapedia.com/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%9F%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/%E3%81%BE/%E9%AD%94%E3%81%8C%E5%B7%AE%E3%81%99%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B/

に,

「魔が差すとは、悪魔が心に入り込んだかのように誤った行動や判断をしてしまうという意味で、悪事を働いた者が『私は通常は善人であるが、そのときだけ悪魔にそそのかされて悪人になってしまった』と、まるでその犯行は自分の責任ではないかのように、相手に情状酌量を求めるために用いる。類似のシチュエーションで用いられる釈明の仕方に『つい出来心で』があるが、こちらは『どこからともなくわいてきた悪心』といった意味であり、『悪魔』という主犯の存在を明らかにしている『魔が差す』より具体性に欠ける。合理的な説明を求められる海外で悪事を働く予定のある方は、『魔が差す』と似たニュアンスの現地語を探すことをお薦めする。」

と揶揄している。

「魔」は,『大言海』に,

「梵語Māra(摩羅)の略。舊譯の經論は,もと磨に作る。梁の武帝より,魔の字に改めしと云ふ。弘法外典抄(寶永,光榮)『魔字従石,自梁武帝來,謂,魔能惱人,字宜従鬼』」

とある。

「魔羅(まら)、殺者、障礙ともいう。仏道の修行を妨害したり、人の行う善事を妨げるものを指す。」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AD%94)。さらに,

「仏教の世界観では、魔は欲界の衆生の1つであり、欲界の1つである第六天の他化自在天に魔王の宮殿がある。
釈迦が成道した際に、魔王波旬が娘を派遣して釈迦の心を乱そうとしたり、また、睡魔などの12の軍勢を送って釈迦を悩ませたが、釈迦が地面に触った瞬間に退散したという。
転じて、仏教の修行の邪魔となるものという意味で修行僧の間で陰茎のことを指して『マラ』と呼ぶようになり、現在でも男根の隠語として使われている。」

とある(仝上)。

FireLanceAndGrenade10thCenturyDunhuang.jpg

(敦煌で出土した10世紀の仏画。仏陀に攻めかかるマーラ https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AD%94より)


「魔」は,したがって,『大言海』に,

人命を害ひ,人の 善事障礙するもの,
転じて,心を乱す霊(たま),惡しき神,天魔,悪魔。

とある。其処から転じて,『広辞苑第5版』には,

熱中して異常な行いをするもの,

とある。電話魔,メモ魔,といったたぐいである。なお,「枳園本節用集」には,

「魔,マ,天狗也」

とある。天狗のせいとしておけば,気は楽ではある。

「魔が差す」の「さす」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/454933843.html

で触れたが,「さす」と当てる字は,

止す,
刺す,
挿す,
指す,
注す,
点す,
鎖す,
差す,
捺す,

等々とある(『広辞苑』。『岩波古語辞典』は,「さす」は,

「最も古くは,自然現象において活動力・生命力が直線的に発現し作用する意。ついで空間的・時間的な目標の一点の方向へ,直線的に運動・力・意向がはたらき,目標の内部に直入する意」

とある。で,「射す・差す」について,

「自然現象において活動力が一方に向かってはたらく」

として,光が射す,枝が伸びる,雲が立ち上る,色を帯びる等々といった意味を挙げる。次いで,「指す・差す」について,

「一定の方向に向かって,直線的に運動をする」

として,腕などを伸ばす,まっすぐに向かう,一点を示す,杯を出す,指定する,指摘する等々といった意味を挙げる。次いで,「刺す・挿す」について,

「先の鋭く尖ったもの,あるいは細く長いものを,真っ直ぐに一点に突き込む」

として,針などをつきさす,針で縫い付ける,棹や棒を水や土の中に突き込む,長いものをまっすぐに入れる,はさんでつける等々といった意味を挙げる。さらに,「鎖す・閉す」について,

「棒状のものをさしこむ意から,ものの隙間に何かをはさみこんで動かないようにする」

として,錠をおろす,ものをつっこみ閉じ込めるといった意味を載せる。さらに「注す・点す」について,

「異質なものをじかにそそぎ加えて変化を起こさせる」

として,注ぎ入れる,火を点ずる,塗りつけるといった意味を載せる。最後に,「止し」について,

「鎖す意から,動詞連用形を承けて」

として,途中まで~仕掛けてやめる,~しかける,という意味を載せる。

こう見ると,「さす」の意味が多様過ぎるように見えるが,

何かが働きかける,

という意味から,それが,対象にどんな形に関わるかで,

刺す,

挿す,

注す,

に代わり,ついには,その瞬間の経過そのものを,

~しかけている,

という意味にまで広げた,と見れば,意味の外延の広がりが見えなくもない。「魔が差す」は,「差す」か「射す」でなくてはならない。『日本語源広辞典』が,

「魔(梵語,人の善事を妨げる惡神,藻意も寄らない出来心)+射す(おこす)」

というのは間違っていない。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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posted by Toshi at 04:23| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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