麿,
丸,
と当てる「まる」は,
まる(丸・円)
で触れた「まる(丸・円)」と同じく,
まろ,
の転である。「まろ」は,
麻呂,
麿,
と当てる。
「一人称,主として平安時代以降,上下,男女を通じて使われた」(『広辞苑第5版』),
とあり,『大言海』は,「まろ(麿・麻呂)」の項を三つ別に立てている。第一は,
「麿は麻呂の合字,生(うまれ)の約轉かと云ふ。我と云ふも生(あれ)なるべく(稗田阿礼など名とせしもあり),生子(むすこ),生女(むすめ)など,生まれた子の称あり。親より子を生(まろ)と云ひ,子自らも呼ぶやうになり,生(あ)れ継ぐ男子(おのこご)の称となりしなるべし」
とある。そして,意味を,
親より子を親しみて呼ぶ語(後世,子を坊と呼ぶが如し),
男子の名とする語,後,美称となり,高貴の児童の名に加ふ,
父母愛して,吾が見の如く思ふ由にて名づく。転じて,丸とも書く,
とする。二項目の「まろ(麿・麻呂)」は,
自称の代名詞。われ,の意,
で,三項目の「「まる(麿・麻呂)」は,
自称より転じて,人名の下に用いる,
とある。この経緯は,『岩波古語辞典』に,
「奈良時代には,多く男子の名に用いた語。平安時代には広く男女にわたって自称の語として使われ,親愛の情の籠められた表現であった。室町時代転じてマルになり,接尾語となった。」
とある。『日本語源大辞典』にも,
「名称の構成要素として,あるいは自称の代名詞として『まろ』を用いることがあるが,やはり中世期に『まる』に転じている。」
とある。どうやら,
子供への親愛の情のマロ,
から,
男の子の名前,
となり,
男女の自称,
となり,
遂に,接尾語となって,
犬の名,
としても,用いられるに至る。接尾語として,「まる」と転じて以降,「丸」と表記して,「牛若丸」というような人の名以外に,
名刀の名(蜘蛛切丸),
鎧(胴丸・筒丸),
楽器の名(富士丸,獅子丸),
船舶の名,
等々へと転用されていく。この「まろ→まる」は,円・丸の「まろ→まる」と,音は重なるが,別系統なのではないか,という気がする。この流れは,「丸・えん」の意味の流れとはまったく交わることはない。
船の名が愛称の流れからきているというのは,どうかと思うが,
「日本の船名のあとにつけられる語で,使われた上限は 12世紀末期までさかのぼる。一般に普及したのは室町時代以後で,小船を除いてほとんどの船が船名のあとにこの丸号をつけた。その由来には諸説があって,定説はない。しかし目下のところでは,刀や楽器などに丸をつけたのと同様に,船主が自己の所有船に対する愛称として用いたとする説が最も無難のようである。」(『ブリタニカ国際大百科事典』)
とある。ただ,この他に,
「本丸、一の丸などといった城の構造物を呼ぶときの「丸」からとられたという説。つまり船を城に見立てた」
という説がある(今日の船名は,明治期に制定された船舶法取扱手続きに、「船舶ノ名称ニハ成ルベク其ノ末尾ニ丸ノ字ヲ附セシムベシ」という項があり、これが今日の日本商船の船名に「丸」がつく大きな理由になったものらしい(https://www.jsanet.or.jp/seminar/text/seminar_029.html)。
城の「本丸」「二の丸」は,曲輪(くるわ)から来ている。郭(くるわ)とも書くが,これは,
「古築城は,くるくると円くめぐらせたり,丸と云ふ,是なり」(『大言海』)
と,その形状から来ている。あるいは,
「螺旋状に築くところから」
とも言われるのは,同じである。つまり,城の「本丸」「二の丸」は丸い曲輪の形状から,「まろ(円・丸)」から来ている。とすると,船は,その系譜ではなく,「まろ(麻呂・麿)」の系譜ということになる。
(多数の曲輪で構成された中世山城(千早城) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%B2%E8%BC%AAより)
形状からでないとすると,では,「まろ(麿・麻呂)」の語源はどこから来たか。『大言海』は,
生(うまれ)の約轉,
としたが,『日本語源大辞典』は,
マルは不浄を入れる容器。鬼魔も嫌うものであるところから,それらが近づかないように祈願してつけたもの,また人徳円満の意をも兼ねる(海録所引貞丈漫筆・続無名抄),
ものをよく知っている人を言う角に対する丸の意から,卑下して付けたもの(松屋筆記所引宗固随筆),
を挙げるが,いずれもちょっと首肯しがたい。その謂われで,自称の名に用いるとは思えない。たしかに,「まる(放)」には排泄の意があるが,古形は「まろ」であったことを考えると,『大言海』説,
生(うまれ)の約轉,
以上の説は見当たらない。
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