2018年10月08日

くしゃみ


「くしゃみ」は,

嚔,

と当てる。「嚔」(漢音テイ,呉音タイ)の字は,

「会意兼形声。右側の字(音テイ)は『つかえるしるし+止』の会意文字で,つかえて止る意。嚔はそれを音符とし,口を添えたもの」

で,「くしゃみ」の意である。かつては「くさめ」と言い,『岩波古語辞典』には,「くさめ」の項で,

「くしゃみをしたときに唱える呪文」

とある。

「鼻ひたる時,くさめとまじなふ,如何。…又,休息万命,急急如律令と唱ふべきを,くさめとは言へりといふ説あり」

と,名語記を引きつつ,『岩波古語辞典』は,

「『休息万命(くそくまんみやう)』のくずれた形と言うが,本来は,『糞食(は)め』で,くしゃみに対する罵言か」

とある。くしゃみをして,「くそ」とか「くそったれ」とかいう類なのではないか,ということだ。

『大言海』は,

「休息命(くそくみやう)の急呼。国府,こふ。脚絆(きゃくはん),きゃはん。ささめく,そそめく。通夜(つうや),つや」

とし,

「嚔(はなひ)りたるときに唱ふべき,厭勝(まじなひ)の呪文。命(いのち)長かれと云ふ意なり。嚔ひれば命終はると云ふ,天竺の伝説あるに因りて,斯かる呪文あるなり。千萬歳(せんまんざい)とも呪じ,今,小兒,はなひれば,母,とこまんざい,友呪ず」

とある。「とこまんざい」は,「徳万歳」と当て,

小兒のくさめする時,まじなひに云ふ語,

らしい。『大言海』は,出典をいくつか例示している。

四分律,「世尊,嚔,諸比丘,呪願言長壽」

中歴(応永)鼻嚔時誦,「休息萬命(クソクマンミヤウ),急急如律令」

この用例については,

「『休息万命 急急如律令』という呪文は、平安末期の『簾中抄』や鎌倉~室町時代の『拾芥抄』などに『鼻ひたるおりの誦』として記されています。この呪文はインドの仏家の規律を説いた『四分律』の呪願言長寿が出典であろうと言われていますが、詳しいことはよく分かりません。なんでも、仏陀がくしゃみをしたとき、弟子たちがいっせいに「クサンメ」と唱えたという話があるそうで、つまり「休息万命」は長寿を意味する梵語から来ている、というのですね。この「休息万命」を早口で唱えているうち、いつしか「クッサメ」になり、くしゃみになったのだと。」

とある(http://suwa3.web.fc2.com/enkan/zatu/21.html)。

他の語源説でも載るが,『徒然草』四十七段から,『大言海』も引く。

「ある人清水へまゐりけるに、老いたる尼の行きつれたりけるが、道すがら、くさめ、くさめといひもて行きたれば、尼御前何事をかくは宣ふぞと問ひけれども、應へもせず、猶いひ止まざりけるを、度々とはれて、うち腹だちて、やゝ、鼻ひたる時、かく呪はねば死ぬるなりと申せば、養ひ君の、比叡の山に兒にておはしますが、たゞ今もや鼻ひ給はんと思へば、かく申すぞかしと言ひけり。あり難き志なりけんかし。」

『枕草子』は, 二十五段で,

はなひて誦文する。おほかた、人の言えの男主ならでは、高くはなひたる、いとにくし。

と,嫌っているだけでなく,呪文ということ自体を信じている気配はない。一部でそう信じられていたが,古くから早口言葉のまじないとして広く一般に知られていたのなら,尼に問わずとも良かったはずだ。『徒然草』は,死を遁れる呪文を,どこかで嗤っているふうがある。

『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/ku/kusyami.html)は,

「くしゃみは『くさめ(嚔)』が変化した語で、歌舞伎では『くっさめ』と表現される。中世までは、鼻をから魂が抜け出すものが『くしゃみ』と考えられ、くしゃみをすると早死にするという俗信があった。それを免れるために唱えられた呪文が、『くさめ』であった。くさめの 語源は諸説あるが,『糞喰らえ』を意味する『糞食め(くそはめ)』の縮まったものとする説が有力とされる。」

と,『岩波古語辞典』と同様,罵りとみる。僕は,

「中世の日本ではくしゃみをすると鼻から魂が抜けると信じられており、そのためにくしゃみをすると寿命が縮まると信じられていた。そこで早死にを避けるため『くさめ』という呪文を唱えるようになり、いつしかそれが『くしゃみ』という名前となり、その行為そのものを指すようになった。」

という(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8F%E3%81%97%E3%82%83%E3%81%BF)説だから,

「陰陽道の『休息万命(くそくまんみょう)』や『休息万病(くそくまんびょう)』を早口に言ったものとする説」

は如何かと思う。柳田国男は(『少年と国語』),

「いまある辞典や註釈の本を見ると、クサメという語の起りは、休息万命(きゆうそくばんみよう)、急々如律令(きゆうきゆうによりつりよう)と言うとなえごとを、まちがえたものだと、どこにも出ている。そんなおろかしい説明をまに受けて、ちっともうたがわない人があるのだろうか。休息万命なんかは、漢字を知っている者にも、なんのことを言うのかまるでわからない。そうしてまったく字を知らぬ者が、じつはむかしから、クシャミをおそれていたのである。こんなおかしな文句をもっともらしく本に書き残したのは、むしろ、クサメがすでにひさしく存して、もはや、その心持がかれらには、くみとれなくなっていたからで、いわば、あべこべに休息万命が、クサメをこじつけたものとも取れるのではないか。
呪文なんだから「休息万命」が意味がわかんないことばでもいいんじゃないかとおもうけど、それはそれとして、それじゃあ「くさめ」の語源がなんだっていってるかっていうと、
 クサメの糞くそはめであり、クソヲクラエと同じ語だったことは、気をつけた人がまだないようだが、おおよそはまちがいがあるまい。沖縄でも、首里しゆりのよい家庭で、クシャミをしたときには、クスクエーと言うならわしがあった。これを、魔物のさせるわざと言って、子どもなどのまだ自分ではそう言えない者が、クシャミをしたときには、おとながかわって、このとなえごとをすることになっていた。食うは、この島ではあまり使われず、クラウと同じに、やや悪いことばであって、ふつうにはカム・カミーと言っていた。すなわち、こちらで言うハム・ハメと同じ語である。クソは悪いものだが、かならずしも悪いことばではない。ただ、相手にそれを食え、またはハメと言うにいたって、最大級の悪罵あくばともなれば、また少しもおそれていないという、勇気の表示ともなるのである。必要があるならば、女でもこれを用いたろうが、さすがに、あとあとは少しばかりことばをちぢめ、または、知らずにまねをしていたのがクサメであろうと、私は思う。」

と批判しているという(http://toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2010/05/post-8b67.html)。『岩波古語辞典』はこの説を採る。さらに,「くそ」については,

「杉本つとむ『語源海』(東京書籍)にはこういう説明がある。

「クサメは語源的に、クソ食ハメ(糞喰くそくらへ)という(英語の Shit! Bullshit! クソッなどと同じ)ところから。クソは汚物ではなく、一種、奇妙クスシキ霊力があり、力強い意をもって凶を追放するという考えが底流している。」

とある。なお,各国の呪文は,

http://suwa3.web.fc2.com/enkan/zatu/21.html

に詳しい。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)


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ラベル: くしゃみ
posted by Toshi at 04:51| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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