2018年10月11日
こと
「こと」は,
事,
言,
と当てる。和語では,「こと(事)」と「こと(言)」は同源である。
『岩波古語辞典』には,
「古代社会では口に出したコト(言)は,そのままコト(事実・事柄)を意味したし,コト(出来事・行為)は,そのままコト(言)として表現されると信じられていた。それで,言と事とは未分化で,両方ともコトという一つの単語で把握された。従って奈良・平安時代のコトの中にも,事の意か言の意か,よく区別できないものがある。しかし,言と事とが観念の中で次第に分離される奈良時代以後に至ると,コト(言)はコトバ・コトノハといわれることが多くなり,コト(事)と別になった。コト(事)は,人と人,人と物とのかかわり合いによって,時間的に展開・進行する出来事・事件などをいう。時間的に不変な存在をモノという。後世モノとコトは,形式的に使われるようになって混同する場合も生じてきた。」
とある。モノは空間的,コト(言)は時間的であり,コト(事)はモノに時間が加わる,という感じであろうか。
『日本語源大辞典』にも,
「古く,『こと』は『言』をも『事』をも表すとされるが,これは一語に両義があるということではなく,『事』は『言』に表われたとき初めて知覚されるという古代人的発想に基づくもの,時代とともに『言』と『事』の分化がすすみ,平安時代以降,『言』の意には,『ことのは』『ことば』が多く用いられるようになる」
とある。しかし,本当に,「こと」は「事」と「言」が未分化だったのだろうか。文脈依存の,文字を持たない祖先にとって,その当事者には,「こと」と言いつつ,「言」と「事」の区別はついていたのではないか。
「言霊」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/403055593.html)で触れたように,「事」と「言」は同じ語だったというのが通説である。しかし,正確な言い方をすると,
こと,
というやまとことばには,
言,
と
事,
が,使い分けてあてはめられた,ということではないか。当然区別の意識があったから,当て嵌め別けた。ただ,
「古代の文献に見える『こと』の用例には,『言』と『事』のどちらにも解釈できるものが少なくなく,それらは両義が未分化の状態のものだとみることができる。」(佐佐木隆『言霊とは何か』)
という。それは,まず「こと」という大和言葉があったということではないのか。「言」と「事」は,その「こと」に分けて,当てはめられただけだ。それを前提に考えなくてはならない。あくまで,その当てはめが,未分化だったと,後世からは見えるということにすぎない。
『大言海』は,「こと(事)」と「こと(言)」は項を別にしている。「こと(言)」は,
「小音(こおと)の約にもあるか(檝(カヂ)の音,かぢのと)」
とし,「こと(事)」は,
「和訓栞,こと『事と,言と,訓同じ,相須(ま)って用をなせば也』。事は皆,言に起こる」
とする。それは,「こと(言)」と「こと(事)」が,語源を異にする,ということを意味する。古代人は,「事」と「言」を区別していたが,文字をも持たず,その文脈を共有する者にのみ,了解されていたということなのだろう。
『日本語源大辞典』は,「こと(事)」と「こと(言)」の語源を,それぞれ別に載せている。
「こと(言・詞・辞)」は,
コオト(小音)の約か(大言海・名言通),
以外に,
コトバの略(名語記・言元梯),
コトトク(事解)の略(柴門和語類集),
コはコエのコと同じく音声の意で,コチ,コツと活用する動詞の転形か(国語の語根とその分類=大島正健),
コはコエ(声)のコと同語で,ク(口の原語)から出たものであろう。トは事物を意味する接尾語(日本古語大辞典=松岡静雄),
コはクチのクの転。トはオト(音)の約ト(日本語原学=与謝野寛),
等々がある。「おと(音)」と「ね(音)」は区別されていた。
「離れていてもはっきり聞こえてくる,物の響きや人の声。転じて,噂や便り。類義語ネは,意味あるように聞く心に訴えてくる声や音」(『岩波古語辞典』)
「おと」の転訛として,
oto→koto,
があるのかどうか。
「こと(事)」は,
トは事物を意味する接尾語で,コはコ(此)の意か(日本古語大辞典=松岡静雄),
コト(言)と同義語(和訓栞・国語の語根とその分類=大島正健・日本語源広辞典),
コト(言)から。コト(事)は皆コト(言)から起こることから(名言通),
コト(別)の義(言元梯),
コト(是止)の義。ト(止)は取りたもつ業をいう(柴門和語類集),
コレアト(是跡)の義(日本語原学=林甕臣),
コトゴトク(尽)の略か。または,コは小,トはトドコホル意か(和句解),
等々。
「コト(言)と同義語」といっただけでは,なにも説明できていない。「こと(言)」の語源を説明して,初めて同源と説明が付く。
ぼくは,「コト(言)」は,声か口から来ていると思うが,「口」(古形はクツ)は,「食う」に通じる気がするので,やはり,声と関わるのではないか,という気がする。
因みに,「言」(漢音ゲン,呉音ゴン)は,
「会意。『辛(きれめをつける刃物)+口』で,口をふさいでもぐもぐいうことを音(オン)・諳(アン)といい,はっきりかどめをつけて発音することを言という」
とあり,「事」(呉音ジ,漢音シ,慣用ズ)は,
「会意。『計算で用いる竹のくじ+手』で,役人が竹棒を筒の中にたてるさまを示す。のち,人のつかさどる所定の仕事や役目の意に転じた。また,仕(シ そばにたってつかえる)に当てる」
とある。
参考文献;
佐佐木隆『言霊とは何か』(中公新書)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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