2018年10月14日

物の怪


「物の怪(もののけ)」は,今日死語だが(「もののけ姫」というのがあった),

人間に憑いて苦しめたり、病気にさせたり、死に至らせたりするといわれる怨霊、死霊、生霊など霊,

を指したとある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%A9%E3%81%AE%E6%80%AA)。

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(鳥山石燕『画図百鬼夜行』より「生霊」)

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(鳥山石燕『画図百鬼夜行』より「死霊」)


妖怪、変化(へんげ)などを指すこともある,

らしい。なぜなら,「物の怪」は,

「『もの』は本来『霊魂』のこと,『け』は『病は胸,もののけ・脚のけ』(『枕草子』)とある『気(病気)』を意味していた」(『日本伝奇伝説大辞典』)

のだから。生霊,死霊が病因と見なされたとすると,妖怪,変化がそれでもおかしくはないからである。

『広辞苑第5版』は,

「死靈・生霊などが祟ること,またその死霊(しりょう)・生霊(いきりょう)」

を指す,とシンプルである。因みに,「死霊(しりょう、しれい)」は、

死者の霊魂,

生霊の対語であり,「生霊(いきりょう、しょうりょう、せいれい、いきすだま)」は、

生きている人間の霊魂が体外に出て自由に動き回るといわれているもの,

とされている。

『岩波古語辞典』に,「物の怪」の項で,

「もの(鬼・靈)のケ(気)の意」

とあるのは,「オニ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/461493230.html)で触れたように,「鬼」を,

「日本では、『物(もの)』や『醜(しこ)』と呼んでいたため、この字も『もの』や『しこ』と読まれていた。『おに』と読まれるようになったのは平安時代以降」

とあるように,「もの」と訓んでいたことと関わる。

『もの』という精霊みたいな存在を指す言葉があって、それがひろがって一般の物体を指すようになったのではなく、むしろ逆に、存在物、物体を指す『もの』という言葉があって、それが人間より価値が低いと見る存在に対して『もの』と使う、存在一般を指すときにも『もの』という。そして恐ろしいので個々にいってはならない存在も『もの』といった。
古代人の意識では、その名を傷つければその実体が傷つき、その名を言えば、その実体が現れる。それゆえ、恐ろしいもの、魔物について、それを明らかな名で言うことはできない。どうしてもそれを話題にしなければならないならば、それを遠いものとして扱う。あるいは、ごく一般的普遍的な存在として扱う。そこにモノが、魔物とか鬼とかを指すに使われる理由があった。」(大野晋は「『もの』という言葉」)

と,

「得体が知れない存在物で『物』としかいいようのないもの」(藤井貞和)

の意で,「もの」は,古代の信仰では

「かみ(神)と、おに(鬼)と、たま(霊)と、ものとの四つが代表的なものであった」(折口信夫『鬼の話』)

というより,ぼくには,「もの」が「かみ」「かま」「もの」に分化(というより,「もの」から「かみ」と「たま」が分化)し,さらに「もの」から「おに」が分化していった,と見えると書いた。「物の怪」の「もの」は,そういう意味で,

「得体が知れない存在物で『物』としかいいようのないもの」

の意と考えていいのではないか。『大言海』が,

物怪
物氣,

と当てて,

「鬼祟(オニ)の氣の意。怪は借字」

としているのはその意味である。

「モノノケ(物の怪)などのモノは人間への対義としての『モノ』であり、全ての無物無生物、超自然的な存在を指すことが本義であった。転じて平安時代の『延喜式』文脈には、『疎ぶ物』『麁ぶ物』など災いや祟りを引き起こす悪神を『モノ』と表し、人間・生物に幸福安泰や恵みをもたらす善神の反対の概念と用いている。」

としている(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%A9%E3%81%AE%E6%80%AA)のも同趣である。万葉集で,「題詞」の「鬼病」を,「もののけ」と訓ませている,という。

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(葛飾北斎画『北斎漫画』より「葵上」の題で描かれた六条御息所 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%A9%E3%81%AE%E6%80%AAより)


「物の怪」は,祟り信仰の類型と位置づけられるらしく,

「『たたり』の原義は,神ないし神意の発顕を意味する『たつ』の内容に要求性を含む現象だが,やがて神霊が人間の行為を咎めて災いをもたらす『祟り』の義に転じて,人間の精神的・肉体的な病の原因は,生霊・死霊などのうらみの顕れと思惟された。のち,病原体(生霊・死霊)じたいを『物の怪』と呼ぶようになったのは,『もの』に対する恐怖の観念を示す。」

とされる(『日本伝奇伝説大辞典』)。たとえば,

「『もののけ』は,目指す相手の生理的な危機状態(懊悩・不安・身体不調・出産時の衰弱など)につけこむ。『源氏物語』で,葵上が初産で苦しみ出したときに出没する物の怪について人々が,『この御いきすだま(生霊),故父大臣の御霊』(葵巻)だと取沙汰する場面は,前者が六条御息所(みやすどころ)の生霊,後者は御息所の亡き父大臣の死霊を指して」

いる。とある(『日本伝奇伝説大辞典』)。

世間之事,毎有物怪寄祟先靈,,

と『続日本紀』にあるらしく,なかなか社会的な広がりがあった。しかし今日,「物の怪」は,「もの」や「靈」意へ畏怖が失せて,別の意味で使われ出しているらしい。

『日本語俗語辞典』(http://zokugo-dict.com/35mo/mononoke.htm)は,「もののけ」とは,

もののけとは、非常に不細工な人のこと,

とし,2007年以降,

「もののけとは不細工な人や雰囲気が良くなかったり、暗い人を意味する。もののけとは本来、死霊・生霊・邪気及びそれらが祟る(たたる)ことを意味する。ここから、それら霊や霊の祟りに匹敵するほど不細工・暗いというニュアンスで用いられるようになった。主にコンパやオフ会など、初対面の人が多い場所で使用。女性が不細工な男性に、男性が不細工な女性に、双方に用いられる。」

となったとする。それは「物の怪」ではなく「物の奇」だろう。人の心が奥行をなくし,薄っぺらになった証拠だ。

なお,「もの」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/462101901.html

「オニ」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/461493230.html

で触れた。

参考文献;
鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』(角川ソフィア文庫)
乾克己他編『日本伝奇伝説大辞典』(角川書店)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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posted by Toshi at 05:03| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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