2018年11月18日

恋う


「戀」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/404894382.html))

でも触れたが,

「戀」(レン)の字は,

「会意兼形声。戀の上の部分(䜌 レン)は,『絲+言(ことばでけじめをつける)』からなり,もつれた糸にけじめをつけようとしても容易に分けられないこと。乱(もつれる)と同系統の言葉。戀はそれを音符とし,心を加えた字で,心がさまざまに乱れて思いわび,思い切りが付かないこと」

とあり(『漢字源』)。

「乱・巒(きりなく連なって続く山々)などととも同系統」

という。因みに「乱(亂)」(呉音・漢音ラン,唐音ロン)は,

「会意。左の部分は,糸を上と下から手でひっぱるさま。右の部分は,乙印で抑えるの意を示す。あわせて,もつれた糸を両手であしらうさまを示す。もつれ,もつれに手を加えるなどのいをあらわす。さめるの意味は後者の転義にすぎない。」

とある(仝上)。別の出典(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%81%8B)では,

「『戀』は、『心』+音符『䜌』、『䜌』は、『絲』+『言』でもつれた糸を分ける(『言』は『辛(大型の針状の刃物)』+『口』であり刃物で切り分けることが原義)ことで、音は『乱』に通ずる。人を恋したい心が乱れること。説文解字には掲載がない。」

とある。どちらも,糸と乱れと関わる。

こいしい,断ち切れずに心が引かれる,いつまでも慕わしく心が乱れる,

という意味で,必ずしも男女のそれを指さず,

留戀,
戀桟(職をほしがって執着する),
戀恩(めぐみに心が引かれるさま),

といった用例もある。

その「恋」を当てた,「こう(ふ)」は,『岩波古語辞典』に,

「あるひとりの異性に気持ちも身も引かれる意。『君に戀ひ』のように助詞ニをけるのが奈良時代の普通の語法。これは古代人が『戀』を『異性を求める』ことではなく,『異性に惹かれる』受け身のことと見ていたことを示す。平安時代からは『人を戀ふとて』『戀をし戀ひば』のように助詞ヲを受けるのが一般。心の中で相手を求める点に意味の中心が移っていったために,語法も変わったものと思われる。」

とあるように,

恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか(壬生忠見『拾遺集』)

忍ぶれど 色に出でにけり 我が恋は 物や思ふと 人の問ふまで(平兼盛『拾遺集』)

と,その意味にシフトはあるものの,専ら男女のそれの意で使われる。『大言海』は,

「乞うに通ず。他の意中を求むる意」

とするが,『岩波古語辞典』は,

「『戀ひ』と『乞ひ』とを同源と見る説は,戀ヒはkop ïの音,乞ひはk öf ïの音で別音だったので成り立たない」

とし,『日本語源大辞典』も,

「『乞う』と関連づける説は,『恋う』の『こ』が上代甲類音,『乞う』の『こ』が乙類音であるところから,誤り」

とするのが,現在の説と見られる(なお,この上代特殊仮名遣いについては,https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E4%BB%A3%E7%89%B9%E6%AE%8A%E4%BB%AE%E5%90%8D%E9%81%A3に詳しい)。その意味で,

「コフの原義は対者の魂を自分の方へ招致しようとすることで,この呪術ヲタマゴヒ(招魂法)といい,男女間の恋愛呪術の名にもっぱら使われるようになり,さらにその動機となる恋愛心情をコヒというようになった」

とする折口信夫(『抒情詩の展開』)も,

「コヒモトムル(乞求)の義」(和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子),
「コヒ(乞),またはコヒ(心火)の義(言元梯),

も,魅力的なところはあるが,斥けざるを得ない。

しかし,『日本語源広辞典』は,二説挙げ,

説1 「コウ(乞ふ,恋フ)の連用形コヒ」で「恋い求める」意とする「大言海」説を通説とする,
説2 古代の仮名遣いから,来+合う,来+逢うのコヒで,古代から乞ふととは別語とする吉田金彦説,

として,「乞う」を通説とするのは,如何なものであろうか。

さらに,『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/ko/koi.html)の,

「恋の動詞表現は、現代では『恋する』が一般的であるが、古くは『恋ふ(こふ・こう)』で、『恋ふ』の名詞形が『恋』である。『恋ふ』は、人に対して物を与えてくれるよう求めたり、何 かをしてくれるよう願う意味の『乞う(こう)』と同根で、古くは、異性に限らず、花・鳥・季節など、目の前にない対象を慕う気持ちを表した。萬葉集では『恋』を表すのに『孤悲』を当てた例が多くみられる。やがて『恋』は目の前にない対象が異性に限られるようになり、『会いたい』『独り占めしたい』『一緒になりたい』といった、男女の恋愛感情を表す言葉となった」

とあるのも,「乞う」,

「神仏・主君・親・夫などに対して,人・臣下・子・妻などが祈り,または願って何かを求める意。『恋ひ』とは語源が別」(『岩波古語辞典』),

の意と,「祈・祷(こ)う」の,

「神に冥助を請ふ意より移る」(『大言海』),

と共に,誰か,何かに求める意を前提にしている。しかし,仮名遣いから「乞う」説は根本的に否定されているので,この変化の道筋は想像ということになる。ただ,「乞う」系でない語源説は,

心コリて来ヨと思フから(本朝辞源=宇田甘冥),
コは細微の義。小に止まるの義で,一人に止まってその人の為に細かい思いの進むをコフという(国語本義),
コトホス(言欲)の反(名語記),
コノミホシ(好欲)の義(名言通),
コは心,ヒはヤマヒ(病)の義か(和句解),
「媾」の字音koにハ行音の語尾を添えたもの(日本語原学=与謝野寛),

等々あるが,前述の,

「萬葉集では『恋』を表すのに『孤悲』を当てた例」(『語源由来辞典』)

という心の悲しみがどこにも捉えられていない。音韻上無理と解っていても,「乞う」に求めたくなる気持ちはわかるが,

「『君に戀ひ』のように助詞ニをけるのが奈良時代の普通の語法。これは古代人が『戀』を『異性を求める』ことではなく,『異性に惹かれる』受け身のことと見ていたことを示す。」(『岩波古語辞典』)

の「恋ふ」に「孤悲」と当てた,受け身の悲哀は「乞う」にはない。語感から見ても,「乞う」はないと思う。結局結論はないが,「孤悲」と当てた万葉人の心に焦点を当てた説でなくては納得できまい。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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ラベル:乞う 恋う
posted by Toshi at 05:11| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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