このむ


「このむ」は,

好む,

と当てる。「好」(コウ)の字は,

「会意。『女+子(こども)』で,女性が子どもを大切にかばってかわいがるさまを示す。大事にしてかわいがる意を含む。このむ(動詞)は去声,よい(形容詞)は上声に読む。」

とある(『漢字源』)。趣味の意でつかう「好み」の意で使うのは,我が国だけである。「好」は,

「思ひてみてよしとする義」

ともある(『字源』)。因みに「善」(漢音キ,呉音コ)は,

「このみてと訓む。嬉しがる義」

とある。『岩波古語辞典』に,「好(この)む」は,

「性分に合うものを選び取って味わう意。類義語スキ(好)は,気に入ってそれに引かれ,前後の見境もなく,気持ち・行動がそれへ走っていく意」

とある。漢字の「好」は,漢文では,「すく」「すき」とは訓ませないという。それは,「好」の漢字の意味と「このむ」の意とが,少しずれているからだろう。

漢字「好」は,対語は「悪」(にくむ)とあり,

よし,
うつくし,
みめよし,

と,価値表現が強く入っている感じである。『大言海』は「好む」の意に,

嗜む,
好く,
愛ず,

の意を載せる。これは,「好く」に近い。「好く」は,

「好く」は,

「気に入ったものに向かって,ひたすら心が走る。恋に走る」

というように,外へ行動として顕れるという含意があるからだろう。趣味の意の「好み」が,我が国だけであるのは,この「このむ」の意味の流れからは当然である。

「したう」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/462789267.html?1542572024)で触れたように,「数奇」と当てると,

「茶の湯などを好むこと」

に代表される意になるが,「数奇」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/441133947.htmlで触れた)は,

「ある事柄に心を寄せる」(『日葡辞典』)

であり,傍から見ると,そののめり込みが,「好きだなあ」と,感じさせる意味だと考えていい。「このむ」の意味の外延はここまで届く。

『大言海』は,「このむ」の語源を,

「恋祈(こひの)むの義。望こと切なる意(言ひさかふ,いさかふ)」

とする。しかし「このむ」の,

性分に合うものを選び取って味わう意,

とは少しずれはしまいか。しかし,『日本語源広辞典』も,

「コヒ+ノム(請+祈,恋+祈,乞+望)」

と,欲しいと望む意,とする。さらに,『日本語源大辞典』の挙げる諸説も,

コヒノム(戀祈)の義(言元梯),
コヒノゾム(乞望)の義(名言通),
コトノゾメル(事望)の義(名語記),
女は子を願うものであるところからコノムマルル(子生)の義か(和句解),
此の方に望むの意でコ(此)ノム(祈)から(日本語語源学の方法=吉田金彦),

等々,「望む」「恋う」「請う」「乞う」の含意が強い。確かに,『江戸語大辞典』の「好む」の項は,

望む,
所望する,

という意になっている。しかし,「このむ」の形容詞化とされる,

このまし,
このもし,

は,

好みに合う,

という意味である。この意味からすると,僕の語感では,「望む」「恋う」「請う」「乞う」の含意とは微妙に差異がある。

乞う,

というより,

味わう,

含意が強い。語源説諸説は,その微妙さを見逃している気がする。敢えて言えば,

此の方に望む,

の,「望む」が近いのではないか。「このまし」は,

「好むの未然形の,コノマを活用せしむ。されば,不確定の意あり」

としている。この微妙さがなくてはいけないのではないか。でなくては,趣味の意の「好み」へと意味がシフトしていく流れが見えてこない。『日本語語感の辞典』は「好む」を,

好きだという意味,

とする。乞う,請う,とは微妙に異なる。

参考文献;
中村明『日本語語感の辞典』(岩波書店)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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