2018年12月02日

のろし


「のろし」は,

狼煙,
烽火,

と当てる。「のろし」については,「花火」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/463004553.html?1543609463)で触れたが,『大言海』は,「のろし」の項で,

「ノロは,野(のら)の転,シは気なり。風雨(あらし),虹(にじ)のシと同義。宋の陸佃の埤雅に『古之烽火,用狼糞,取其煙直而聚,雖風吹之不斜』と」

とあり,『大言海』はさらに付言して,

「北條流の軍學にては,地を掘ること一丈ばかり,底に薪をたきて,二間程の生木數本を,焼火の上に立つれば,煙,空に上がると云ふ(甲子夜話)。或は,これに狼の糞を投ずれば,烟高く天に昇り,風に靡かずと云ふ」

とある。狼云々はこの謂いである。さらに,この「のろし」の意味に,

「江戸時代に,色々作りものを討ちあぐる火花,うちあげはなび」

と載る。打ち上げ花火が「のろし」の発展形ということである。『大言海』が引用している「細川幽斎覚書」には,

「軍中にてノロシと申事有之,御先に罷在時に,御旗本より程遠く候て,俄に使いもやられざる處ならば,大将と約束申て,何と仕り候はば,其時にノロシを上可申候」

さらに,「和訓栞」には,

「ノロシ,烽煙をいふ。野狼矢の義にや,西陽雑俎に,狼糞煙直上,烽火用之と見えたり」

とある。「のろし」の語源は,『大言海』のノラシ(野ら気)説以外に,

野狼矢の義か(和訓栞),
ノボルシルシ(外記)の義か(名言通),
ノは火,ロは含み発する,シは通行の意(柴門和語類集),
ノシ(伸)の義,ロは助語(言元梯),

等々諸説ある(『日本語源大辞典』)が,『日本語源広辞典』の,

「『ノロシ(烽火・狼煙)』は,古く『飛ぶ火』といいました。『「ノル(宣・祝)+火」の音韻変化』が語源かと思われます。戦を宣言する合図の焚火で,煙を上げることをいいます」

が,「のろし」の意味からは,よく納得できる。

なお,狼の糞の由来は中国で,『大言海』に宋の陸佃云々とあるが,

「唐の段成式撰の『酉陽雑俎』に「狼糞煙直上,烽火用之」(狼の糞の煙を直上させ、烽火に用いた)と記され、「狼煙四起」の成語がある。」

という(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%BC%E7%85%99)。『広辞苑第5版』の「狼烟(煙)」(ろうえん)には,

「昔,中国で煙を直上させるために狼の糞をいれたからいう」

とある。「北条五大記」には,

「東國山嶺に狼烟を立つる事『狼烟と書て,ノロシとよむなれば,狼の子細有べき事也。扨又,火と書て,かがりとも,とぶ火ともよめり』」

とあり,その謂れが,

「狼の糞を投ずれば,烟高く天に昇り,風に靡かずと云ふ」

とあることは,すでに触れた。日本では、

「8世紀初めに成立した『日本書紀』や『肥前国風土記』に『烽(トブヒ)』として記述が見られる。燃やす物は決められており、ヨモギやワラなどを穴に入れ、その中で燃やしたものと考えられている(狼煙用の穴とみられる遺構も確認されている)。そのため、中国式の台上で物を燃やす狼煙とは形式が異なるものだったとみられている(大陸と違い、動物の糞を用いていない点もあげられる)。」

ともある(仝上)。

「栃木県宇都宮市所在の飛山城跡から出土した9世紀中頃の土器片(須恵器の坏)には『烽家』と書かれた例がある。ここでの『家』とは、古代律令下における公的施設を意味し、9世紀頃に東北地方で活発化した蝦夷の反乱から東国の軍事体制整備の一環として、烽に関連した公的施設が築かれたと考えられている。」

とある(仝上)が,律令制で「烽(ほう)」の制があり,

「変事の急報のために設けた設備。また、その合図の煙や火。約20キロメートルごとに設置し、烽長と烽子を置いた。」

もの(『大辞林』)と関わる。『日本書紀』には,「烽」を,「とぶひ」と訓ませ,

「是年(天智称制三年(664年))対馬嶋・壱岐嶋・筑紫國等に,防と烽(とぶひ)というをおく」

とあり,その後,對馬金田城(き)より,壱岐島の峰,稲積城,三野城を経て大野城(大宰府)に至り,さらに長門城より,備後茨城・常城・讃岐屋島城などの瀬戸内海を経て,難波羅城に至り,高安城さらに高見峰,春日峰を経由して平城宮に至る大烽制が存在した(西ケ谷恭弘『城郭』),という。この制は,799年大宰府管内を除いて廃止されるが,対外防衛の烽火のシステムが出来ていたようだ。

その後は,戦国大名が通信手段として用い、

「『訓閲集』(大江家の兵法書を戦国風に改めた書)巻五「攻城・守城」には、『(攻めて来た敵勢が)小軍なら一つ、中軍なら二つ、大軍なら三つ狼煙をあげる』

との記述がある(仝上),ように国内戦でもっぱらもちいられた。

「のろし」に当てる,

烽火,

は,

ほうか,

と訓む。この「烽火」には,狼少年に似た寓意が籠められ,『平家物語』「烽火(ほうか)」においても平重盛の弁で,次のように語られる。

異国の習ひに、天下に兵乱(ひやうらん)の起こる時は、所々に火を上げ、太鼓を打つて、兵(つはもの)を召す謀(はかりごと)あり。これを烽火(ほうくわ)と名付く。ある時天下に兵革(ひやうがく)起こつて、所々に烽火を上げたりければ、后これを御覧じて、『あなおびたたし、火もあれほどまで多(おほ)かりけりな』とて、その時初めて笑ひ給へり。一度笑めば桃の媚ありけり。幽王これをうれしきことにし給ひて、その事となく、常は烽火を上げ給ふ。諸公来たるに仇(あた)なし、仇なければすなはち帰へりさんぬ。かやうにする事度々に及べば、兵も参(まゐ)らず。ある時隣国より凶賊(きようぞく)起こつて、幽王の都を攻めけるに、烽火を上ぐれども、例の后の火に習つて、兵も参らず。その時都傾(かたぶ)いて、幽王終つひに亡びにけり。さてかの后、夜間となつて走り失せけるぞ恐ろしき。かやうの事のある時は、自今以後、これより召さんには、皆かくのごとく参るべし。重盛今朝別して天下の大事を聞き出だして召しつるなり。されどもこの事聞き直なほしつつ、僻事(ひがごと)にてありけり。さらば疾(と)う帰れとて、侍ども皆帰されけり。まことにさせることをも聞き出だされざりけれども、今朝父を諫(いさ)め申されける言葉に従つて、我が身に勢の付くか、付かぬかのほどをも知り、また父子戦(いくさ)をせんとにはあらねども、かうして入道大相国(にふだうたいしやうこく)の謀反の心も、和(やはら)ぎ給ふかとの謀(はかりごと)とぞ聞こえし。君君たらずと言へども、臣もつて臣たらずんばあるべからず。父父たらずと言へども、子もつて子たらずんばあるべからず。君のためには忠あつて、父のためには孝あれと、文宣王(ぶんせんわう)ののたまひけるに違たがはず。君もこの由聞こし召して、今に始めぬことなれども、内府だいふが心の内こそ恥づかしけれ。仇あたをば恩をもつて報はうぜられたりとぞ仰おほせける。果報くわはうこそめでたうて、今大臣の大将だいしやうにいたらめ。容儀体佩ようぎたいはい人に優れ、才知才学さいかくさへ世に越えたるべきやはとぞ、時の人々感じ合はれける。国に諫いさむる臣あれば、その国必ず安く、家いへに諫むる子あれば、その家必ず正しと言へり。」

この例の「烽火」は,『史記』周紀に,

「犬戎攻幽王,幽王挙烽火徴兵,兵莫至,遂殺幽王驪山下」

とある例である。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
西ケ谷恭弘『城郭』(近藤出版社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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posted by Toshi at 05:30| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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