いとなむ


「いとなむ」は,

営む,

と当てる。「営(營)」(漢音エイ,呉音ヨウ)の字は,

「会意兼形声。營の上部は炎が周囲をとり巻くこと。營はそれを音符とし,宮(連なった建物)の略体を加えた字で,周囲をたいまつでとり巻いた陣屋のこと」

とある(『漢字源』)。「ぐるりととり巻く」の意から,

「直線の区画を切るのを經(ケイ)といい,外側を取り巻く区画をつけるのを營(エイ)という。あわせて,荒地を開拓して畑を区切るのを『經營』といい,転じて,仕事を切り盛りするのを『經營』という。」(『漢字源』)

とあるが,「「造営」「築造」ともいい,「いとなむ」「いとなみこしらえる」という意もある(『字源』)。

『広辞苑第5版』の「いとなむ」には,

「イトナ(暇無)シの語幹に動詞を作る語尾ムの付いたもの」

とある。『デジタル大辞泉』も,

「形容詞『いとなし』の動詞化」

とある。『岩波古語辞典』の「いとなみ」の項も,同様に,

「形容詞イトナシ(暇無)の語幹に動詞を作る接尾語ミのついたもの。暇がないほど忙しくするのが原義。ハカ(量)からハカナシ・ハカナミが派生したのと同類」

とある。「はか」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/431282570.html)については,触れた。

どうやら,「營」の字を当てたが,測るとかつくる,などという抽象的なことではなく,ただ,

忙しく仕事をする,
暇がないほど忙しい,

という状態表現にすぎなかったとみられる。「いとなし(暇無し)」自体が,

休む間がない,たえまない,

という意で,

ひぐらしの声もいとなく聞ゆる,

というようなたんなる状態表現であったことから由来している。こんにちの,辞書の意味にも,

忙しく仕事をする,せっせと努める,

の意味が最初に載る。そこから,

(行事・食事などの)準備をする,
神事・仏事をおこなう(日葡辞典「ブツジヲイトナム」),

と,忙しい特定の部分に限定されていったとみられる。

『日本語源広辞典』も,同じく,

「イト(暇・休み)+ナシ(無)+ム(動詞化)」

とするし『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/i/itonamu.html)も,

「営むは、『暇 がない』『忙しい』という意味の形容詞『いとなし(暇無し)』の語幹に,動詞を作る語尾『む』が付いた語で,元々は『忙しく物事をする』『せっせと務める』という意味であった。怠ることなく物事に努める意味から,営むは『執り行う』『準備する『こしらえる』『経営する』という意味が生じた。』

とする。僕は,この意味の変化は,「營」の字を当てた結果,その字の持つ意味から来たと見るべきだと思う。ま,ともかく,上記の諸説と,『大言海』は,少し違う解釈で,

いとなし,暇無し,いそがわし,
いとなみ(營),いとなむこと,仕事,つとめ,
いとなむ(營),「いとなみ」の語根,イトナを動詞に活用せしなり。ハカナシの,ハカナムとなり,タシナシ(困窮)の,タシナム(窘)となると同趣なり,

としている。

形容詞いとなし→名詞いとなみ→動詞いとなむ,

の変化として,名詞を介在させている。

「いとなむ」の語源は,

いとなし→いとなむ(あるいはいとなみ→いとなむ),

で尽きていると思うが,他にも諸説がある。

縄ナヒ糸ナフ手業の暇が無い意から一語となった(両京俚言考),
イトナム(最嘗・痛嘗)の義(和訓栞・柴門和語類集),
イトアム(糸編)の転(名言通),
イトはイタツク(労)のイタと同語。ナミはナリ(業)(日本語源=賀茂百樹),

等々あるらしい(『日本語源大辞典』)が,いずれも,『語源由来辞典』が言うように,

「いずれも音から当てただけである。」

と同感で,語呂合わせに思える。言葉には,意味の奥行があり,その奥行の果てには,文脈があるはずである。特に和語は,文脈に依存した(文字をもたない)言語である。必ず,その使われた古えの状態,状況が見えるはずである,と僕は思う。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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書評
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