いとま


「いとま」は,

暇,
遑,

と当てる。「暇」は「ひま」とも訓むが,「ヒマ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/400075750.html)については触れた。中国語では,「暇」(漢音カ,呉音ゲ)の字は,

「会意兼形声。右側の字(音カ)は『かぶせる物+=印(下にいた物)』の会意文字で,下に物を置いて,上にベールをかぶせるさま。暇はそれを音符とし,日を加えた字で,所要の日時の上にかぶせた余計な日時のこと」

で(『漢字源』),まさに「ひま」「仕事がなくて余った時間」の意である。「遑」(漢音コウ,呉音オウ)の字は,

「会意兼形声。『辶+音符皇(大きく広がる)』で,大きい意を含む。(あわただしいという)意味は,大きいことから。むやみに動きまわる,うろうろする意になったもので,狂(むてっぽうな犬)・往(むやみに前進する)に近い。(ひまであるという)意は,広い,ゆったりしているという方向に派生した意味で,ゆとりがあること」

とある(仝上)。

「いとなむ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/463115296.html?1544213943)で触れたように,「いとなむ」は,「イトナ(暇無)シ」に由来した。つまり,「忙しい」という意味であった。

『岩波古語辞典』は,

「イトはイトナミ(營)・イトナシ(暇無)のイトと同根。休みの時の意。マは間。時間についていうのが原義。類義語ヒマは割目・すき間の意から転じて,する仕事がないこと」

と,「ひま」=空間,「いとま」=時間,と区別する。「ひま」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/400075750.html)で触れたように,「ひま」は,

暇,
閑,
隙,

の字を当てる。空間を意味する「すき」との差はあまりない。語源的には,

ヒ(すいたところ)+マ(すきま)

とあり,空間的なヒマから時間的なヒマへと変化した。逆に「いとま」も,「隙」に「いとま」と訓読させる場合は,

「さけめ・われめ,なかたがい」

の意と,時間的イトマから空間的イトマへと変化する(仝上)。

『大言海』は,

「暇(いと)の間の義」

とする。しかし「いと(暇)」についての説明がない。臆説を逞しくするなら,「いと」を,

甚,

と当てる「いと」として見るとどうだろう。「いと」は,

「極限・頂点を意味するイタの母韻交替形」

とあり(『岩波古語辞典』),

非常に,甚だしい,

という副詞であるが,

イタ間→イト間,

と。「いと」は,

「イト(甚)はト・ド(甚)に省略されて強調の接頭語になった。ドマンナカ(甚真中)・ドテッペン(甚天辺)・ドコンジョウ(甚根性)・ドショウボネ(甚性骨)・ドギモ(甚肝)・ドエライ(甚偉い)・ドデカイ(甚大きい)・ドギツイ(甚強い)・ドヅク(甚突く)など。」

となる強調の接頭語「ど」とも通じる(『日本語の語源』)。

どひま,

の「ど」とも通じる,のではないか,と。ま,臆説である。しかし,『日本語源大辞典』をみると,「イトノマ(暇間)の意」(大言海)以外にも,諸説紛々なのである。

イトはイトナム,イトナシの語根と同じで多事の意。イトマはそのヒマ(間)をいう(万葉集辞典=折口信夫)
イトナムマ(営間)の略(古言類韻=堀秀成・日本語原学=林甕臣),
イトナヒ(営)ノ-ヒマ(間)の略(両京俚言考),
イトナミノマの略。またはイ-トマ(手間)か(日本語源=賀茂百樹),
出ル間の義(和訓栞),
イトマ(小時間)の意(言元梯),
イトフマ(厭間)の義(名言通・柴門和語類集),
暫時の間の意の,ヒトマヘ(一間)の転(和語私臆鈔),
イ-タマ(足間)の転。イは接頭語(日本古語大辞典=松岡静雄),
奉公人が衣類のほころびなどを縫う間の意でイトマ(糸間)か(和句解),

何れも「音」をよすがに考えているようだが,意味は奥行がある。その意味では,

いとなむ(營む),
いとなし(暇無し),

という意味の流れから離れるのは無理があるように思われる。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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コトバの辞典;
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