2018年12月12日

ふつつか


「ふつつか」は,

不束,

と当てる。

ふつつかですが,

というように,

行きとどかないさま,ぶしつけな,

意で使うことが多いが,

太くてしっかりしていること(太くどっしりしていること[岩波古語辞典]),

(ごつごつして)不格好なこと(太くて感じが悪いさま,不恰好に太っている[仝上]),

(ごつごつして)風情がないこと(優美でなく野暮臭いさま[仝上]),

雑なさま,軽はずみなさま(大まかでざつなさま[仝上]),

拙いこと,行き届かないこと,

といった意味の流れのようである(『広辞苑第5版』)『岩波古語辞典』。つまり「太くてしっかりしている」という単なる状態表現が,価値表現へと転じ,その価値の中身が変転する。

その辺りを,『由来・語源辞典』(http://yain.jp/i/%E4%B8%8D%E6%9D%9F)は,

「古くは単に太くて丈夫なさまの意で、非難の意は含まれていなかった。平安時代ごろから、『ふつつか』は情趣に欠け、野暮くさいの意を含むようになった。中世以降は、風情のなさや無風流なさまが意味の中核になり、近世に、不調法なさまの意に変化していった。」

と書き,また『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/hu/futsutsuka.html)も,

「古くは、『太く丈夫なさま』を意味し、非難の意味を含む言葉ではなかった。平安時代に入り、優美繊細の美意識が浸透したため、太いものをさす『ふつつか』は、情緒に欠け野暮ったい意味を含むよう になった。さらに中世以降は風情のなさや風流ではないさまが意味の中核をなすようになり、近世に入り、現代のような不調法者を『ふつつか者』と言うようになった。」

と,変化の流れを整理している。『大言海』が,

「轉じて,何事も,たをやかに,やさしきを好む世となりてより,賤しく,げすげすしく」

と書く通りなのだろう。太くて丈夫なのが下卑てきたということか。今日では,

行き届かない,

意を,どちらかというと謙遜して使うが,『江戸語大辞典』では,

身持ちのおさまらぬこと,

と,行き着き,江戸時代の,

叱り・手鎖・過料に処すべき裁判の宣告文の終りに書く罪名の上に付けた語,

ともあり(『広辞苑第5版』),

不埒,
不届き,

と同義になっている。『大言海』は,

「太き意と云ふ。太束の意にや」

としている。『岩波古語辞典』も,

「フト(太)ツカ(束)の転か」

とする。この説が大勢のようであるが,『日本語源広辞典』は,二説挙げる。

説1,「不束(まくたばねられない)」が語源,太くて不細工な意,
説2,「太束(太くて束ねられない)が語源,才能がなくて十分ではない,行き届かない,不調法の意,

しかし,いずれも「ふつつか」が価値表現へと転じた後の意で,当て字である「不束」(『語源由来辞典』)をもとに解釈している後知恵のように思われる。

『日本語源大辞典』は,「太い」に関わる説を。

太の義(河海抄),
フトツカ(太束)の義(俚言集覧・言元梯・俗語考・日本語源=賀茂百樹),

と挙げて,なお,もうひとつ,

フト(不図)に奈良時代語ウツ(棄)が付いたフトウツに副詞を作る接尾語カが付いてフトウツカとなり,それが変化した語(語源辞典・形容詞篇=吉田金彦),

を挙げている。「うつ」も「ふとうつ」も手元の辞書には載らず,是非の判断はできない。

太束→不束,

という流れは,どうもしっくりこない。「不束」が当て字なら,その当て字から,「太束」と推測している気配で,納得しかねる。もし,

太い束,

というなら,「束」は当て字ではないことになる。

「束の間」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/458802835.html)で触れたように,「束(そく、たば、つか)」は,

(そく、たば)ひとまとめにすること。花束(ブーケ)など。
(つか)建築用語で、梁と棟木との間に立てる短い柱。束柱の略。
(つか)製本用語で、本の厚みのこと。
(そく)古代日本で用いられた稲の単位。→束 (単位)。
(そく)束 (数学): 日本語で束と訳される数学上の概念は複数ある,

等々とあり,束と呼ばれる単位にも,

束(そく/つか)→穎稲の収穫量を量る容積単位,
束(そく/たば)→同一物をまとめた計数単位,
束(そく/つか)→矢などの長さを表す長さ単位,

等々がある。「束の間」で使われたのは,原始的な測定の単位,

握った指四本の長さ,

である。握るほどの長さの意である。「尺」が,「人の手幅の長さ」としたのと,類似である。『岩波古語辞典』には,

束,
柄,

と当て,

ツカミと同根,

とある。「束」が握った手なら,「つか(摑)み」と同じであるのは当然と思えるし,「柄(つか)」とつながるのも自然である。で,

「一握り四本の幅。約二寸五分」

と『岩波古語辞典』にはある。『大言海』は,

柄,
握,

を別項を立てている。「握」の字を当てているのが「束」に当てたもので,

「四指を合わせて握りたる長さの名」

とある。とすると,「太い束」は,握った太い「掌」を意味し,それが価値表現として,

無粋,
野暮ったい,

となり,

行き届かない,

となったことになる。聊か悲しい。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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posted by Toshi at 05:26| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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