2018年12月28日
うく
「うく」は,
浮く,
と当てる。「浮」(フ,呉音ブ,漢音フウ)の字は,
「会意兼形声。孚は『爪(手を伏せた形)+子』の会意文字で,親鳥がたまごをつつむように手でおおうこと。浮は『水+音符孚』で,上から水を抱えるように伏せて,うくこと」
とある。沈の対である。我が国でのみの使い方は,「浮いた考え」とか「金が浮く」とか「浮いた気持ち」とか「考えが浮かぶ」とか「歯が浮く」というように,本来の「浮く」の意味に準えたような,「うかぶ」「うかれる」「あまりがでる」「うすぶ」等の意味での使い方は,漢字にはない。しかし,
浮生,
浮言,
浮薄,
といった「とりとめない」意はあるので,意味の外延を限界以上に拡げたとは言える。
『岩波古語辞典』には,「うく」について,
「物が空中・水中・水面にあって,底につかず,不安定な状態でいる意。『心が浮く』とは,平安時代には不安な感じを伴い,室町時代以降には陽気な感じを表した」
とあるので,「宙空にある」意を元々持っていたようである。だから,
模様や織り目が地から高く離れているように見える(「紅梅のいと文(あや)うきたる葡萄(えび)染の御小袿(こうちぎ)」(源氏物語)),
とか,
よりどころが鳴く不安である(たぎつ瀬に根ざしとどめぬ浮き草の浮きたる恋も我はするかも(古今集)),
とか,
不誠実である(浮たる心わが思はなくに(万葉集),「この浮きたる御名をぞ聞し召したるべき(源氏物語))
とか,
不確かである(あま雲の浮きたることと聞きしかど猶ぞ心は空になりにし(後撰和歌集)),
とか,
ふらふらと固定していない(歯浮候て(細川忠興文書)),
とか,
心がうきうきとはずむ(心の浮いたお地蔵とみえたほどに)
等々の「浮く」心の状態表現にシフトした使い方がされている。これは,和語「うく」と「浮」の違いから来ているのではあるまいか。
『日本語源広辞典』は,「うく」の語源を,
「ウク(浮く)。本来二音節語と考えます。『水面または空中にある』意です。ウカレル(浮か+レル)は,他の刺激により心理的に浮いた状態になる意です。ウカブは『浮カ+ブ(継続)』で,浮いた状態になることを表します。ウカベルはもその一段化で,いずれも同源です」
とする。
『日本語源大辞典』は,「浮く」「浮かぶ」「浮かれる」を,別項に立てて,それぞれ記載している。当然,「浮かぶ」「浮かる」「浮かれる」は同源である。
「浮く」は,
ウはウヘ(上)の意(日本釈名・日本古語大辞典=松岡静雄),
ウヘク(上来)の義(日本語原学=林甕臣),
ウは海,または上か。クはかろくの上略か(和句解),
とあるが,「うえ(上)」は,古形は,
ウハ,
である。『岩波古語辞典』には,
「『下(した)』『裏(うら)』の対。稀に『下(しも)』の対。最も古くは,表面の意。そこから,物の上方・髙い位置・貴人の意へと展開。また,すでに存在するものの表面に何かが加わる意から,累加・繋がり・成行き等の意を示すようになった」
とある。
ウハ→ウヘ→ウエ,
の転訛である。ならば,
ウハ→ウク,
もありそうな気がするが,音韻的には無理らしい。
「浮かぶ」は,
ウカム(上所)の転(言元梯),
ウケベ(受け方)の転。ウケは水が物を受けること(名言通),
ウキアラハルル(浮顕)の義(国語本義),
「浮かれる」は,
浮くの再活用(萬葉集辞典=折口信夫),
浮き荒るるの義(日本語原学=林甕臣),
サル(戯),カル(謔)と同意語。ウカルはカが語根で,本質的には魂の去就が定まらない状態,漂蕩倡遊等の意を有していたらしい(物語文学序説=高橋正秀),
ウクは波の義か。在所のさだまらないところからか(名語記),
等々。
僕には,「うは(上)」にかかわると思えてならない。
ウはウヘ(上)の意(日本釈名・日本古語大辞典=松岡静雄),
に与したい。
なお『笑える国語辞典』
https://www.fleapedia.com/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%9F%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/%E3%81%86/%E6%B5%AE%E3%81%8F%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B/
は,いつものように,「浮く」について,
「浮くとは、空中や水中において、ものが重力とは逆の方向に動いたり、その結果としていちばん上(水面など)に達したり、重力に逆らって空中や水中にとどまっていたりする状態を表現する動詞。そのさい、空気や液体の持つ浮力によってその動きをしているように感じられることが『浮く』と呼ばれる条件であり、一見浮力など関係なさそうに上昇する飛行機や鳥は『浮く』とはいわず『飛ぶ』という。おばかな格好や言動により仲間から敬遠されているやつは、仲間の『空気』の浮力により『浮いて』いるのである。」
と皮肉をきかせている。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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