2019年01月04日

浮足立つ


「浮足立つ」は,

期待や不安など先が気になって,いまのことに気分が集中できなくなる,

という(『広辞苑第5版』)よりは,

不安や恐れで落ち着きを失う,逃げ腰になる,

という(『デジタル大辞泉』)方が的確に思える。「浮足」自体が,

足のつま先だけが地面について,十分に地を踏んでいないこと,

転じて,

落ち着かないこと,

を意味する(『広辞苑第5版』)。『岩波古語辞典』をみると,

足が地についていないこと,

であり,

心が動揺して逃げ腰になること,

と,状態表現が,価値表現へと転じたことがわかる。『大言海』の,

足の踏みしめがたきこと,逃足にならむとするに云ふ,

というのが正確な表現だろう。そのきちんと足を付けて居られない状態を指している。

類語を見ると,

前進する心意気が失われること,

その物事を早く行いたくて仕方がない状態になること,

とあるので,

逃げ腰や怯む,

だけではなく,

いても立ってもいられない,

という前のめりの心理状態の表現でもあるらしい。

「浮足」は,

踵が地面についていない状態を指すので,

前のめり,

後ずさり,

の価値表現へと転じたと言える。

語源を書いているものはあまりないが,『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/u/ukiashidatsu.html)は,

「浮き足は、かかとが地についていない爪先立ちの状態のこと。この状態は不安定なことから,落ち着かない態度や逃げ出しそうになることを『浮き足』というようになった。爪先立ちの状態を言う『浮き足』は室町時代から見られ,落ち着かない様子や状態を表すようになったのは江戸時代後期からである。現代では『浮き足』が単独で使われることは少なく,『浮き足立つ』『浮き足』になるの使用が多い。」

としているし,『日本語源広辞典』は,

「浮き(かかとを地面に付けない)+足」

としている。前に触れた(http://kerokero-info.com/2017/02/10/post-4464/)ことがあるが,(たぶん,現代の)柔術などでは,

「必要なのは『地に足をつける』ことではなく『浮き足立つ』ことが重要。一般的な言葉のイメージだと『地に足をつける』はプラスのイメージ、『浮き足立つ』はマイナスのイメージです。 しかし柔術の稽古ではそれが逆転する。 地に足がつくというのは地に足が居つくことであり、浮き足立つというのは自由に動ける状態。」

とあるし,剣道でも,

「現代剣道の足運びは、主に右足を前に出して踏み込み、引き、防ぎます。後ろ足はつま先立ってます。踏み換えて稽古することはまずありません。却って滑稽に見えるかも知れません。」

という。しかし,宮本武蔵は,全く反対のことをいう。

「足の運びは,つま先を少し浮かせて,かかとを強く踏むようにする。足使いは場合によって大小遅速の違いはあるが,自然に歩むようにする。とび足,浮き足,固く踏みつける足,はいずれも嫌う足である。」

また柳生宗矩は,『兵法家伝書』で,

さきの膝に身をもたせ,あとの膝をのばすべき事

あとの足をひらく心持の事

と述べていて,どうも足を浮かすという風には読めない。浮いた状態は,すぐに動けるかもしれないが,不安定で,重い太刀を構えているものの取る姿勢ではない。

斎藤孝氏は,こんなことを言っています。

「江戸末期や明治初期の写真を見ると,当時の日本人は,とてもしっかりと立つことが出来ました。足は長くないが,臍下丹田や親指の足の付け根に力が入っていた。」

さらに,

「踏ん張るという感覚がありますね。この感覚がわからない人に相撲はできません。でも現在,この踏ん張る感覚を持たない子供も少なくないんです。彼らは,頑張ることはできるんです。頑張って相撲は取れる。ところが頑張るというのは精神的な感覚です。でも踏ん張るというのは,身体的な感覚なんです。ただ頑張るだけでは,心が先に行ってつんのめっているような状態。」

大地にしっかり立てなければ,思いを果たすべき身体はついていけない。

これも触れたこと(http://ppnetwork.seesaa.net/article/439819446.html)だが,

飛び足,浮き足,かたく踏みつける足,

の三つを嫌う足と宮本武蔵は言っているが,それは腰の定まり方と関係があるに違いない。

「身のなり,顔はうつむかず,余りあふのかず,肩はささず,ひづまず,胸を出さずして,腹を出し,こしをかがめず,ひざをかためず,身を真向にして,はたばり広く見する物也」

と,兵法三十五条に書く。

また,甲野氏は,「武の技の世界には,『居付く』ということを嫌う伝承が古来から受け継がれて」いる(http://ppnetwork.seesaa.net/article/414896125.html)として,こう述べている。

「この言い伝えに従うならば,床に対して足を踏ん張らないのは勿論のこと,下体に視点を置いて上体を捻ったり頑張ったりしないこと,また腕を動かす時,腕や肩や胸を蹴る形で,つまり固定的支点を肩の関節に作らないようにすることが大事で,そのために,体各部をたえず流れるように使うことが重要なわけです。足や腰を固定して身体をまわすから捻れる…。」

武術では,老人が膂力のまさる若者を手もなくあしらったのは,

「その身体の運用方法に無理がなく,単なる慣れで体を動かした人々とは動きの原理が根本的に違ってきたからだ…」

というものである。今日の「なんば走り」等々が見直されているのは,甲野氏の創見が大きい。このことは,日本の太刀が世界でも珍しい両手保持となったことと深くつながっている。

「浮き足」は,今日のスポーツの発想とは別の,かつての剣術にとっての意味で,その「かかとを強く踏む」という武蔵の視点から見て,「浮足立つ」の意味が初めて照射される。

参考文献;
宮本武蔵『五輪書』(教育社)
柳生宗矩『兵法家伝書』(岩波文庫)
甲野善紀・前田英樹『剣の思想』(青土社)
甲野善紀『古の武術を知れば動きが変わるカラダが変わる』(MCプレス)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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