「うきよ」は,
浮世,
と当てるが,
愛き世,
とも当てる。「浮世絵」の「うきよ」であるし,「浮世草子」の「うきよ」でもある。「浮世絵」は,
「本来、『浮世』という言葉には『現代風』『当世』『好色』という意味もあり、当代の風俗を描く風俗画である」
とある。「浮世草子」は,「当世の世態,遊里のことなどを記した」小説なので,「当世」の意味であり,「浮世染め」も「当世流行」の意味,「浮世遊び」というと「色遊び」の意味。「浮世絵」には,そんな含意かと思うが,
「浮世絵の語源は、『憂世』にあると言われています。仏教の浄土に対して現世は憂世、すなわち辛く儚い憂う世であると考えられていました。江戸時代になると、どうせ憂う世であるのなら、楽しく浮かれて暮らそうという開き直りの考えが生まれ『浮世』に変化していきました。」
とある(https://shikinobi.com/ukiyoe)。ただ背景は,
「1680年頃(天和年代)に『浮世○○』という新語として登場しています。例えば、洒落た新しい被り物を『浮世傘』とか、流行に乗る男性や女性を『浮世男』『浮世女』とか、吉原などの遊里に遊びに行くような人を『浮世狂い』などと呼んでいました。そのような流行語と同義語である浮世という言葉を頭につけて新しい江戸の町から生まれた新しい文化の絵ということで、『浮世絵』という言葉が誕生しました。」
とある(仝上)。ちょうど井原西鶴の『好色一代男』が出たのが天和二年である。そのきっかけは,菱川師宣だとか。
(菱川師宣・見返美人図 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%AE%E4%B8%96%E7%B5%B5より)
「菱川師宣はもともと本の挿絵を描く絵師でしたが、徐々にその絵が本の内容よりも人気となったことで、一枚摺の版画を制作するようになりました。当時はまだ墨摺(すみずり)という黒一色の版画でしたが、絵画が庶民に普及するようになったのは画期的なことでした。」
という(https://shikinobi.com/ukiyoe)。
(三代目大谷鬼次(二代目中村仲蔵)の江戸兵衛、寛政六年五月、江戸河原崎座上演『恋女房染分手綱』東洲斎写楽, 1794 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%AE%E4%B8%96%E7%B5%B5より)
『笑える国語辞典』
https://www.fleapedia.com/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%9F%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/%E3%81%86/%E6%B5%AE%E4%B8%96%E7%B5%B5%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B/
の説明がいい。
「浮世絵が海外で広く知られるようになったきっかけは、輸出品の陶磁器の包み紙だった浮世絵をヨーロッパの好事家が発見し、収集を始めたからだといわれる。印刷物である版画は、現在の新聞紙やカレンダーの紙と似たようなものであるから、包装紙として利用されるのは当然のことだが、ゴミの中に貴重品が発見される過程は、ジャンクアート誕生と呼ばれるにふさわしい。」
と。それは,
「木版画によって大量生産することで、今のお金で数百円程度の安さで販売することができ、庶民の娯楽として発展していった」
からこそなのである。さて,「うきよ」について,
「仏教的な生活感情から出た『愛き世』と漢語『浮世(ふせい)』との混淆した語」
とある(『広辞苑第5版』)。だから,
無常の世,
このようなの中,世間,
享楽の世界,
近世,他の語に冠して,現代的,当世風・好色の意,
の意味が並ぶ。「浮世」(ふせい)は,
定めなき世の中,
の意だが,「浮生」(ふせい)も,
定まりなき世,
の意である(『字源』)。李白に,
浮生若夢,
詩句がある。「うく」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/463405300.html)で触れたが,「浮」(フ,呉音ブ,漢音フウ)の字は,
「「会意兼形声。孚は『爪(手を伏せた形)+子』の会意文字で,親鳥がたまごをつつむように手でおおうこと。浮は『水+音符孚』で,上から水を抱えるように伏せて,うくこと」
で,「よりどころがない」「はかない」の意があり,浮薄,浮言,浮浪,と共に,浮世,がある。
『大言海』は,「うきよ」を,二項別に載せている。
「憂世」は,
「世の中を憂き事の多きにつけて云ふ語。塵世」
「浮世」は,
「漢語に『浮世如夢』など云ふを,文字讀にしたる語なり」
とする。で,
世の中をはかなきものと見做して云ふ語,
轉じて,今の世の中,今様,
という意味を載せる。「浮世」と「浮生」は混同されている。『岩波古語辞典』は,「うきよ」について,
「平安時代には『憂き世』で,生きることの苦しい此の世,つらい男女の仲,また,定めない現世。のちには単に此の世の中,人間社会をいう。『憂き』が同音の『浮き』と意識されるようになって,室町時代末頃から,うきうきとうかれ遊ぶ此の世の意に使うようになった」
とある。だから,
憂き世→浮き世,
の転を,
「つらい世の中,根無し草のようなので,『浮世』とも書きます。近世になって,享楽的なようなの意で,『浮き+世』を使うようになりました」
という(『日本語源広辞典』)ところだろう。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95