「上」は,
かみ,
とも訓む。
「『うえ』が本来は表面を意味するのに対して,一続きのものの始原を指す語」
とある(『広辞苑第5版』)。あるいは,
「ひとつづきのものの始め」
「ひとつづきのものの上部」
とある(『岩波古語辞典』)。そこで,
空間的に高い所,
時間的に初めの方,
という意味から,それに準えて,
年齢,身分,地位,座席などが高いこと,またその人,
の意に転じていく。『岩波古語辞典』は,「かみ」に,
上,
と
頭,
を当てている。
「かみ」は,
なか(中),
しも(下),
に対する。
長官,
を,
かみ,
と訓ませるのも,「かみ(上)」から来ている。『大言海』は,「かみ」に,「上」以外に,
頭,
髪,
を当て,共に,
「頭(かぶ)と通ず」
とするが,「あたま」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/454155971.html)で触れたように,「あたま」は,
かぶ→かしら→こうべ→(つむり・かぶり・くび)→あたま,
と変遷したので,「かみ(頭)」「かみ(髪)」が,「かぶ」の転訛というのは不思議ではないが,「頭」の「かみ」は,頭から来たのではなく,長官の「かみ」から来たのではないか。「長官(かみ)」は,四等官(しとうかん)制の,
長官(かみ)・次官(すけ)・判官(じょう)・主典(さかん),
の四等官のトップであり,その「かみ」も,「長官」(かみ)の中でも,
(官司)長官(かみ)
神祇官 伯
太政官 (太政大臣)
左大臣
右大臣
省 卿
職 大夫
寮 頭
司 正
(中略)
国司 守
等々(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E7%AD%89%E5%AE%98)と「頭」「守」も同じ「かみ」と訓ませる。この「かみ」は「あたま」の転訛からではなく,四等官の「長官」を「かみ」と訓んだところから出ているのではないか。例えば,四等官、長官(かみ)・次官(すけ)・判官(じょう)・主典(さかん)の判官(じょう)は,寮の允も,国司の掾も,すべて「じょう」と訓ませるのと同じである。
『日本語源広辞典』は,「かみ」を,
上,
髪
と当てながら,
「カミは『上部』が語源です。上にあるもの,つまり川上,頭,髪,守,裃など,共通語源のようです。」
とするが,
「『うえ』が本来は表面を意味するのに対して,一続きのものの始原を指す語」
という意味の説明以上には出ない。ただ,『日本語源大辞典』をみても,
ミは方向をいうモの転訛(神代史の新研究=白鳥庫吉),
タカミ(高)の義(言元梯),
アガミ(挙見)の義(名言通),
ウカミ(浮)の上略(和訓栞),
神と同義(和句解・和語私臆鈔・日本語源=賀茂百樹),
等々。「神」と「上」との関連が一番注目されるが,カミ(http://ppnetwork.seesaa.net/article/446980286.html)で触れたようにに,
江戸時代に発見された上代特殊仮名遣によると,
「神」はミが乙類 (kamï)
「上」はミが甲類 (kami)
と音が異なっており,『古語辞典』でも,
「カミ(上)からカミ(神)というとする語源説は成立し難い」
と断言する。ただ,
「『神 (kamï)』と『上 (kami)』音の類似は確かであり、何らかの母音変化が起こった」
とする説もある。『日本語の語源』は,
「『カミ(上)のミは甲類,カミ(神)のミは乙類だから,発音も意味も違っていた』などという点については,筆者の見解によれば,神・高貴者の前で(腰を)ヲリカガム(折り屈む)は,リカ[r(ik)a]の縮約でヲラガム・ヲロガム(拝む)・ヲガム(拝む)・オガム・アガム(崇む)・アガメル(崇める)になった。礼拝の対象であるヲガムカタ(拝む方)は,その省略形のヲガム・ヲガミが語頭を落としてガミ・カミ(神)になったと推定される。語頭に立つ時有声音『ガ』が無声音『カ』に変ることは常のことである。
あるいは,尊厳な神格に対してイカメシキ(厳めしき)方と呼んでいたが,その省略形のカメシがメシ[m(e∫)i]の縮約でカミ(神)に転化したとも考えられる。いずれにしても,『神』の語源は『上』と無関係であったが,成立した後に,語義的に密接な関連性が生まれた。
神の御座所を指すカミサ(神座)はカミザ(上座)に転義し,さらに神・天皇の宮殿の方位をカミ(上)といい,語義を拡大して川の源流,日の出の方向(東)をカミ(上)と呼ぶようになった。」
とする。意味の関連から,上と神が重なるが,それは漢字を当てはめてからのことであって,同じ「カミ」と呼びつつ,文脈依存する和語としては,その微妙な差異を微妙な発音でするしかなかったのであろう。少なくとも,「カミ」は,上と神では,差異を意識していたのではあるまいか。
「かみ」は「神」と「上」は発音で使い分けていた以上,語源を異にするとは思うが,「神」の「かみ」も(http://ppnetwork.seesaa.net/article/436635355.html)「上」の「かみ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/446980286.html)も,意味は近接しながら,ともに結局語源ははっきりしない。
ただ,前にも触れたことだが,文脈依存の和語の語源は,多く擬態語・擬音語か,状態を表現する,という意味から見れば,
カミ・シモ,
は,両者の位置関係(始源か末か)を,
ウエ・シタ,
は,物の位置関係(上側か下側か)を,
それぞれ示したに違いない。ウエとカミの区別は大事だったに違いないのだが,「上」という同じ漢字を当てたために,状態表現から価値表現へ転じていく中で,混じり合ってしまった。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
【関連する記事】