「さむらい」は,
侍,
士,
と当てる。
「サブラヒの転」
とある(『広辞苑第5版』)。「さぶらひ」は
「主君のそば近くに仕える」
意であり,その人を指した。
「平安時代,親王・摂関・公卿家に仕え家務を執行した者,多く五位,六位に叙せられた」
つまり,「地下人」である。「地下(じげ)」とは,
「昇殿を許された者、特に公卿以外の四位以下の者を殿上人と言うのに対し、許されない者を地下といった。」
のである(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E4%BA%BA)。さらに,
「武器をもって貴族まったく警固に任じた者。平安中期,禁裏滝口,院の北面,東宮の帯刀などの武士の称」
へと特定されていく。
「さむらい」に「士」と当てると,
「武士。中世では一般庶民を区別する凡下と区別される身分呼称で,騎馬・服装・刑罰などの面で特権的な扱いを受けた。江戸時代には幕府の旗本・諸般の中小姓以上,また士農工商のうちの士分身分の物を指す。」
とあり(『広辞苑第5版』。凡下(http://ppnetwork.seesaa.net/article/463837199.html?1548362109)については触れたが,
「鎌倉幕府では、侍は僕従を有し、騎上の資格ある武士で、郎従等の凡下と厳重に区別する身分規定が行なわれた。しかし、鎌倉中期以降、その範囲が次第に拡大、戦国時代以降は、諸国の大名の家臣をも広く侍と称するようになり、武士一般の称として用いられるようになる。」(仝上)
という。
それをメタファとして,「さむらい」というと,
なかなかの人物,
の意で使うらしいが,「さむらい」を褒め言葉と思うのは,僕は錯覚だ思っている。かつて,いちいち言わなくても,侍は,侍であった。
「武家」という言い方をすると,
「日本における軍事を主務とする官職を持った家系・家柄の総称。江戸時代には武家官位を持つ家系をいう。」
のも(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E5%AE%B6),そこから来ている。
「平安時代中期の官職や職能が特定の家系に固定化していく『家業の継承』が急速に進展していた。しかし武芸を職能とする下級貴族もまた、『兵の家』として武芸に特化した家柄を形成し、その中から軍事貴族(武家貴族)という成立期武士の中核的な存在が登場していった。これらの家系・家柄を指して『武家』もしくは『武勇の家』『武門』とも呼ばれている。」
ということになる。「さぶらふ」者に変わりはない。「さぶらひ」は,
侍ひ,
候ひ,
伺ひ,
と当て,
「サモラヒの転。じっと傍で見守り,待機する意。類義語ハベリは,身を低くして貴人などのそばに坐る意」
とある(『岩波古語辞典』)。「さもらふ」は,
「サは接頭語。見守る意のモリに反復・継続の接尾語ヒのついた形」
とある(仝上)。接尾語「ひ」は,
「四段活用の動詞を作り,反復・継続の意を表す。例えば,『散り』『呼び』といえば普通一回だけ散り,呼ぶ意を表すが,『散らひ』『呼ばひ』といえば,何回も繰り返して散り,呼ぶ意をはっきりと表現する。元来は四段活用の動詞アヒ(合)で,これが動詞連用形のあとにくわわって成立したもの。その際の動詞語尾の母音の変形に三種ある。①[a]となるもの。例えば,ワタリ(渡)がウタラヒとなる。watariafi→watarafi。②[o]となるもの。例えば,ツリ(移)がツロヒとなる。uturiafi→uturofi。③[ö]となるもの。例えば,モトホリ(廻)がホトホロヒとなる。mötöföriai→mötöföröfi。これらの相異は語幹の部分の母音,a,u,öが,末尾の母音を同化する結果として生じた」」
とある(仝上)。とすると,「モリ(守)に反復・継続の接尾語ヒのついた形」の
「もり+ひ」
つまり,「もらふ」である。「さ(sa)」を付けると,
samöriafi→samörafi→samurafi→saburafi→samurai,
といった転訛であろうか。その経緯は,
「「サムライ」は16世紀になって登場した比較的新しい語形であり、鎌倉時代から室町時代にかけては『サブライ』、平安時代には『サブラヒ』とそれぞれ発音されていた。『サブラヒ』は動詞『サブラフ』の連用形が名詞化したものである。以下、『サブラフ』の語史について述べれば、まず奈良時代には『サモラフ』という語形で登場しており、これが遡り得る最も古い語形であると考えられる。『サモラフ』は動詞『モラフ(候)』に語調を整える接頭辞『サ』が接続したもので、『モラフ』は動詞『モル(窺・守)』に存在・継続の意の助動詞(動詞性接尾辞ともいう)『フ』が接続して生まれた語であると推定されている。その語構成からも窺えるように、『サモラフ』の原義は相手の様子をじっと窺うという意味であったが、奈良時代には既に貴人の傍らに控えて様子を窺いつつその命令が下るのを待つという意味でも使用されていた。この『サモラフ』が平安時代に母音交替を起こしていったん『サムラフ』となり、さらに子音交替を起こした結果、『サブラフ』という語形が誕生したと考えられている。『サブラフ』は『侍』の訓としても使用されていることからもわかるように、平安時代にはもっぱら貴人の側にお仕えするという意味で使用されていた。『侍』という漢字には、元来 『貴族のそばで仕えて仕事をする』という意味があるが、武士に類する武芸を家芸とする技能官人を意味するのは日本だけである。」
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BE%8D)。
サモラヒ→サムラヒ→サブラヒ→サムライ,
と転訛したことになる(『日本語源広辞典』)。
「『初心仮名遣』には、『ふ』の表記を『む』と読むことの例の一つとして『さぶらひ(侍)』が示されており、室町期ころから、『さふらひ』と記してもサムライと発音していたらしい。一般的に『さむらひ』と表記するようになるのは、江戸中期以降である。」(『精選版 日本国語大辞典』『日本語源大辞典』)
「さぶらふ」(その名詞形「さぶらひ」)の原義,「主君の側近くで面倒を見ること、またその人」が,
「朝廷に仕える官人でありながら同時に上級貴族に伺候した中下級の技能官人層を指すようになり、そこからそうした技能官人の一角を構成した『武士』を指すようになった。つまり、最初は武士のみならず、明法家などの他の中下級技能官人も『侍』とされたのであり、そこに武人を意味する要素はなかったのである。…『サブラヒ』はその後『サブライ』→『サムライ』と語形変化を遂げていったが、地位に関係なく武士全般をこの種の語で呼ぶようになったのは、江戸時代近くからであり、それまでは貴族や将軍などの家臣である上級武士に限定されていた。 17世紀初頭に刊行された『日葡辞書』では、Bushi(ブシ)やMononofu(モノノフ)はそれぞれ『武人』『軍人』を意味するポルトガル語の訳語が与えられているのに対して、Saburai(サブライ)は『貴人、または尊敬すべき人』と訳されており、侍が武士階層の中でも、特別な存在と見識が既に広まっていた。」
その時代,「凡下」も意味を変える。
「元は仏教用語で『世の愚かな人たち』『世の人』(『往生要集』)などを指す語として用いられていた。これが一般社会においては官位を持たない無位の人々(白丁)の意味で使われた。後に武士(侍)が力を持ち始めると、武士の身分と官位には関連性が無かったために武士の中には有位の者も無位の者もいた。そのため、無位を含めた武士層と対置する無位の庶民に対する身分呼称として雑人とともに凡下が用いられるようになった。」
武士の台頭によって,相対的に他を呼ぶ呼称が変わったことになる。
かつては,武家の従者の,地位の高い者を郎党、低い者を従類といった。武家の従者で主人と血縁関係のある一族・子弟を家子と呼んだ。従類は、郎党の下の若党、悴者(かせもの)を指す。家子・郎等・従類は、皆姓を持ち、合戦では最後まで主人と運命を共にする。この下に,中間、小者、あらしこ、という戦場で主人を助けて馬を引き、鑓、弓、挟(はさみ)箱等々を持つ下人がいる。身分は中間・小者・荒子(あらしこ)の順。あらしこが武家奉公人の最下層。中間(ちゅうげん)、小者(こもの)、荒子(あらしこ)まで武士身分に位置づけられる(天正19年(1569)の秀吉の身分統制令)。ここまでを武家奉公人と呼び,「士」とした。凡下ではないのである。だから,江戸時代以前では主家に仕える(奉公する)武士も含めて単に奉公人と呼んだが,江戸時代以降は中間や小者は非武士身分とされた。まあ,戦のない時代,武家にとって無用となったということだろか。
「江戸時代の法制面では、幕臣中の御目見(おめみえ)以上、即ち旗本を侍と呼び、徒(かち)・中間(ちゅうげん)などの下級武士とは明確に区別した。諸藩の家臣についても、幕府は中小姓以上を侍とみなした。」(仝上)
とある。江戸時代,「さむらい」の意味をまた変えたのである。
(後三年の役における源義家主従 (飛騨守惟久『後三年合戦絵巻』、国立博物館所蔵)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BE%8Dより)
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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