2019年02月16日

むたい


「むたい」は,

無体,
無代,
無台,

と当てる。

「中世ではムダイとも」
「古くは『むだい』とも」

とある(『広辞苑第5版』『デジタル大辞泉』)。意味の外延は,

形がないこと。無形(「無体物」)

道理に合わない・こと(さま)(無法。無理。「無理無体」「無体な要求」)

ないがしろにする・こと(さま)(人の世にある,誰か仏法を無体にし逆罪を相招く(盛衰記)」)

無駄にすること。かいのないこと。またそのさま(「起請に恐れば日頃の本意無体なるべし(盛衰記)」)

といった派生と考えると分かりやすい(『大辞林』)が,『大言海』は,

「無(ない)が代(しろ 蔑)を音讀したる語。多く,當字に無體など書す」

とする。「精選版 日本国語大辞典」の意味を,

(名詞)ないがしろにすること。無視すること。軽蔑すること。無にすること。むだにすること(「色葉字類(1177‐81)抄)

(形動) 無理なこと。無法なこと。また、そのさま。「よもその物、無台にとらへからめられはせじ、入道に心ざしふかい物也」(平家,十三世紀前半)

(形動) とりわけはなはだしいさま。むやみ。また、副詞的に用いられて、少しも。全然。「琴にはたまのことちに、あなを、あけて、絃をつらぬきたるとかや。無題にたふるることもなくて、よきにこそ」(塵袋(1264‐88頃))

(無体) 体をなさないこと。まとまった形になっていないこと。体系的でないこと。「二曲三躰よりは入門せで、はしばしの物まねをのみたしなむ事、無躰(ムタイ)枝葉の稽古なるべし」(至花道(1420))

仏語。実体がないこと。実在しないもの。無。「神は無方無体なれとも、人心に誠あれは、必す感応する所あり」(清原宣賢式目抄(1534))

(形動) 全くできないさま。「むだッ口やへらず口は、わる達者だが、少しまじめな事は無体(ムテヘ)なもんだぜ」(滑稽本・八笑人(1820‐49))

と,出典の時代別に並べてみると,「ないがしろ」の意味の用例が古いことがわかる。

ただ,「無体」の語源については,『大言海』の,

「『ないがしろ』に『無代』を当てて音読したという説と仏教語の『無体』に由来するという二説がある。後者は、法相宗で論理上許される法を『有体』、論理上許されない法を『無体』といい、ここから広く『道理の通らないこと』の意で『無体』が用いられ、その結果、「無理無体」といった表現も現われたとする。」

とあり(精選版 日本国語大辞典),『日本語源広辞典』は,

「『仏教語で,無体(論理上許されない法)』です。論理上許される法の有体に対する語です」

を採る。

しかし,

「無体」

を,ムダイと訓んだとされる以上,「無体」を「ムダイ」と訓むのは,何か訳があるのではないか,と思が,「大衆部」の説明で,

「仏陀の没後100年ほどして、十事の非法、大天の五事などの『律』の解釈で意見が対立して引き起こされた根本分裂によって生じた部派の名で、保守的・形式的な上座部と革新的な大衆部とに分裂して、部派仏教時代と呼ばれる。大衆部は、上座部の過去・現在・未来の三世にわたって法の本体は実在しているとする三世実有(じつう)・法体恒有(ほったいごうう)説を否定して、法は現在においてのみ実在し、過去・未来には非実在であるという現在有体(げんざいうたい)・過未無体(かみむたい)を主張し、大乗仏教の萌芽となった。大衆部からは一説部(いっせつぶ)・説出世部(せつしゅっせぶ)・鷄胤部(けいいんぶ)・多聞部(たもんぶ)・説仮部(せっけぶ)・制多山部(せいた せんぶ)・西山住部(せいせんじゅうぶ)・北山住部(ほくせんじゅうぶ)などに分派した。」

とあり(「仏教用語集」http://www.bukkyosho.gr.jp/pdf/%E4%BB%8F%E6%95%99%E7%94%A8%E8%AA%9E%E9%9B%86.pdfより)

過未無体,

から来たとする説にはちょっと説得力がある。「過未無体」とは,説一切有部の「三世実有,法体恒有」の説に対し,

「人間存在ないし現象界を構成するもろもろの要素 (法) は,現在現れているかぎりにおいては実有であるが,過去,未来においては無であるという」

主張である。ついでに,三世実有説とは,

「説一切有部の基本的立場は三世実有・法体恒有と古来いわれている。森羅万象(サンスカーラ、梵: saṃskāra)を構成する恒常不滅の基本要素として70ほどの有法、法体を想定し、これらの有法は過去・未来・現在の三世にわたって変化することなく実在し続けるが、我々がそれらを経験・認識できるのは現在の一瞬間である、という。未来世の法が現在にあらわれて、一瞬間我々に認識され、すぐに過去に去っていくという。このように我々は映画のフィルムのコマを見るように、瞬間ごとに異なった法を経験しているのだと、諸行無常を説明する。」

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AA%AC%E4%B8%80%E5%88%87%E6%9C%89%E9%83%A8

『日本語源大辞典』も,

「語源については,『ないがしろ』に『無代』をあてて音讀したともいうが,仏教語の『無体』に由来すると考えたほうがよい。法相宗で論理上許される法を『有体』,論理上許されない法を『無体』といい,ここから広く『道理の通らないこと』の意で『無体』が用いられ,その結果,『無理無体』といった表現も現れた」

としている。

無理無体,

は,

強いて行うこと,
無法に強制すること,

の意で,

「乱暴、暴行、無法なさまなどについて言う表現。『ご無体』は主に目上の人に対して用いる。名詞を形容して『無体な仕打ち』『無体なこと』などと言うところを略した表現。『あまりに酷い』といった意味で『無体な仕打ち』などと表現することもできるが、時代劇で女中が悪代官に手籠めにされかけ……というようなシチュエーションが典型的な使用場面としては想起されやすいといえる。」

とある(『実用日本語表現辞典』)。どうやら,

ないがしろ,

は,

道理にあわない,

ことに対する主体的表現に転じて後の,使い方ということになる。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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