やおら


「やお(を)ら」は,

そろそろ,
おもむろに,
やわら,
しずかに,

といった意味で,

やおら立ち上がる,
とか,
御硯をやをら引き寄せて,

等々といった使い方をする。文化庁が発表した「国語に関する世論調査」で「彼はやおら立ち上がった」を,「ゆっくりと」と「急に,いきなり」のどちらの意味だと思うかを尋ねたところ次のような結果が出た,

【平成18年度調査】 【平成29年度調査】
ゆっくりと(本来の意味とされる) 40.5パーセント 39.8パーセント
急に、いきなり(本来の意味ではない) 43.7パーセント 30.9パーセント

という(『デジタル大辞泉』)。つまり,「おもむろに」の意味が「やにわに」と重なったということらしい。意味は,誤解かどうかとは別に,通用する意味でなくては会話が成り立たない。意味は,変っていくのだと思われる。

すくなくとも,「やおら」は,

物事が静かに進行するさま,

を元々は,示していた(『学研全訳古語辞典』)が,

「谷の底に鳥の居るやうに、やをら落ちにければ」(宇治拾遺)

で,『徒然草』には一例もなく,平安時代の、女性的な感じの強い語である(仝上)らしい。しかしすでに,

現代では悠然としたさまをいうことが多い,

とすでに変っており(『日本語源大辞典』),さらに,それが,

急に,

と変じても驚くまい。『精選版 日本国語大辞典』も,「やをら」を,

「歴史的仮名遣いは,従来『やをら』とそれに従ったが,『疑問仮名遣い』の指摘のように『やはら(柔)』と同源だったとすれば,『やはら』の可能性がある」

としつつ,その意味自体が,

「御後の方よりやをらすべり入るを」(宇津保)

という「静かに身を動かすさま、また、徐々に事を行なうさまを表わす語。そろそろと。おもむろに」から,

「上人の御ふねやをら岸遠くはなるるに立ちむかひて」(春雨物語),

と,時間の経過とともに変化,進展し,ようやくその状態になるさま,事態が変わるさまを表わす語,

へと転じている,とする。つまり,すでに,

事態が変わるさまを表わす語,

と変じている以上,それが,

急に,

となるのは,自然な流れに見える。まして,「やはら」が「やをら」と,文字化された時点で間違っていた可能性すらあるのである。

『大言海』も,

「弱(よわら)の轉と云ふ,されどヤハラと云ふも同語なるべければ,柔(やはら)なるべし」

とする。『日本語源広辞典』も,

「語源は,『柔ら』でヤハラ>ヤホラ>ヤヲラの変化です」

とする。これが大勢のようで,

「『やおら』は『やわら』(柔ら/和ら)と同じところから起こった言葉という説があり、『やわら』と同じく『柔らかな』あるいは『穏やかな』という意味だったことから、現在の意味になったと考えられています。また、『ようやく』(古語では『やうやく』)との関連を指摘する説もあるようです。」

ともある(https://wisdom-box.com/origin/ya/yaora/)。で,二説挙げているのが,

「①『やおら』は『やを』 に,状態を示す接尾語の『ら』 がついたことばです。『やを』は『やをやく』が縮まったもので,『やをやく』は現代語の『ようやく (漸く) 』です。『漸く』ですから,それなりの時間がかかる状態,つまり『ゆっくりと』というような意味になります。
 ②『やおら』は『やはら』と同源のことばです。『やはら』は『柔ら』あるいは『和ら』で,態度や様子が〈ものやわらかな〉〈おだやかな〉状態をいいます。」

とする(https://s.webry.info/sp/mobility-8074.at.webry.info/201706/article_23.html)。ただ,

事態が変わるさまを表わす語,

は,既に意味が転じた後の意味なので,「やうやく」は,後の意味からの解釈に思える。

『日本語源大辞典』は,

ヤハラ(柔)の義(大言海),
ヤハラカ(和)の意からか(松屋筆記),
弱い意で,ヤヲはヨワに通ず(和訓栞),
オモムロニ(徐)の義(国語の語根とその分類=大島正健),

を挙げている。以上から見ると,

静かに身を動かすさま,

という当初の意味から見れば,

柔ら,

和か,

なのだろう。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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