2019年03月11日
ゆるむ
「ゆるむ」は,
緩む,
弛む,
と当てる。「緩」(漢音カン,呉音ガン)は,
「会意兼形声。『糸+音符爰(エン 間に仲介をはさむ,ゆとりをおく)』で,結び目の間にゆとりをあけること」
で,ゆるい,時間的空間的精神的にゆとりのある,意である。「弛」(シ,チ)の字は,
「会意兼形声。也は,平らに長く伸びたさそりを描いた象形文字。弛は『弓+音符也』で,ぴんと張った弓がだらりと長く伸びること」
で,ゆるむ,だが,張っていた力が抜ける意である。「弛緩」と使うが,同じ「ゆるむ」でも,意味が,ゆとり,と,だらける,で少し異なる。
『大言海』は,「ゆるむ」に,
緩,
弛,
縦,
と当てる。「縦(縱)」(ジュウ,漢音ショウ,呉音シュ)の字は,
「会意兼形声。从(ジュウ)は,Aの人のあとにBの人が従うさまを示す会意文字。それに止(足)と彳印を加えたのが從(従)の字。縱は『糸+音符從』で,糸がつぎつぎと連なって,細長くのびること。たてに長く縦隊をつくることから,たての意となり,縦隊は,どこまでものびるので,のびほうだいの意となる」
とある。上下前後の方向にまっすぐ伸びる,ほしいままの意である。この場合,ゆるむというよりは,気まま,の意である。
「ゆるむ」は,
「ゆるぶの轉」
と『広辞苑第5版』にある。『岩波古語辞典』は「ゆるひ(緩)」の項で,
「ユルシ(許)と同根」
とある。さらに,
「後世ユルビと濁音化」
とあるので,
ユルフ→ユルブ→ユルム,
と転訛したことになる。「ゆる(緩)」は,形容詞化して,
緩し,
動詞化して,
緩ふ,
となったようである。「ゆる(緩)」は,
「ユルシ(許)」と同根,
で,
引き締められず,ゆとりがあるさま,
おろそか,
寛大である,
の意とある。「ゆとり」は,見る視点から,寛大にも,怠惰にも,緩やかにも見える。そしてそれが,
ゆるし,
に通ずる。『岩波古語辞典』は「ゆるし」に,
許し,
緩し,
を当て,
緊張や束縛の力を弱めて,自由に動けるようにする,
他のものの権利・自由などを認め,受け入れる,
の意とする。『日本語源広辞典』は,「許す」を,
「『緩う+す』です。固く締めたものを,緩くすることを,ウ音便でユルウスと言います。罪人の束縛を,ユルスルことを,音韻変化でユルスとなった」
とする。「ゆるむ」は,
「ユル(緩)+ム(動詞化)」
とする。どうも一貫性に欠けて,恣意的に見える。『日本語の語源』は,音韻変化から,次のように辿ってみせる。
「『冷たさがゆるくなる。水温があがる』ことをヌルム(微温む)といった。〈君恋ふる涙は春ぞヌルミける〉(御撰)。温度の低い湯をヌルムユ(微温む湯)といったのが,『ム』が母交(母韻交替)[ua]をとげてヌルマユ(微温湯)になった。さらに,ヌルマ(微温。愚鈍)・ノロマ(愚鈍)に転音・転義した。
ヌルム(微温む)を形容詞化したヌルシ(微温し)は『なま暖かい』さまをいう。〈昼になりて(寒気)がヌルクユルビもて行けば〉(枕草子)。
ヌルシ(微温し)はヌルシ(緩し)に転義して『ゆるやかである。きびしくない』さまを形容する。ひじょうにきびしくないさまをイタヌルシ(甚緩し)といったのが,タヌルシ・テヌルシ(手緩し)になった。ヌルシ(緩し)はさらにヌルシ(鈍し)に転義して,『にぶい。愚鈍である』さまをいう。〈心のいとヌルキぞくやしき〉(源氏・若菜)。さらに母交(母韻交替)[uo]をとげてノロシ(鈍し)になり,動作のにぶい様子をノロノロ(鈍々)という。
ヌルム(微温む)は『ヌ』が子交(子音交替)[nj]をとげてユルム(微温む)になった。なまぬるい水のことをユルムミヅ(微温む水)といったのがユミズ(湯水。竹取)に省略され,ユ(湯)になった。
ユルム(微温む)はユルム(緩む・弛む)・ユルブ(弛ぶ)に転義して弛緩を表す動詞になった。〈御琴どものユルベる緒ととのへさせ給ひなどす〉(源氏・初音)。イタユルブ(甚緩ぶ)はイ・ルを落してタユブ・タユム(弛む),または,イ・ユを落してタルブ・タルム(弛む)の語形に分かれた」
これで考えると,「緩む」のメタファとして,「許す」が生まれたということになる。この方が,
「緩む」
と
「許す」
が同根というより自然な気がする。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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