2019年03月12日


「峠」は,和製の会意文字である

「山+上+下」

「裃」が,同じく,

「衣+上+下」

の和製会意文字なのと同じである。和製漢字(https://kanji.jitenon.jp/cat/kokuji.html)は,

桁,
榊,
糀,

等々,結構ある。「峠」は,

「タムケ(手向け)の轉。通行者が道祖神に手向けをするからいう」

とある。『岩波古語辞典』も,

「タムケ(手向)の轉。室町時代以降の形」

とある。正直,ちょっといかがわしくないか。手向けるのは,峠とは限らない。ましてや「道祖神」は,

「道路の悪霊を防いで行人を守護する神」(『広辞苑第5版』)

である。峠とは限らない。

「道祖神(どうそじん、どうそしん)は、路傍の神である。集落の境や村の中心、村内と村外の境界や道の辻、三叉路などに主に石碑や石像の形態で祀られる神で、村の守り神、子孫繁栄、近世では旅や交通安全の神として信仰されている」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%93%E7%A5%96%E7%A5%9E

とあり,山の神にもつながらない。どちらかというと,

「厄災の侵入防止や子孫繁栄等を祈願するために村の守り神として主に道の辻に祀られている」(仝上)

と,村と関わる「道の神」である。

「中国では紀元前から祀られていた道の神『道祖』と、日本古来の邪悪をさえぎる『みちの神』が融合したものといわれる」

道陸神,
賽の神,障の神,
幸の神(さいのかみ,さえのかみ),

が特に峠とつながらない限り,

手向け,

説はちょっと疑わしい。ただ,

「峠は多く村境になっており,村人は旅から帰った人をここで坂迎えする習俗があった。また峠には地蔵など村境の神を祀る例も多い (境の神 ) 。峠を境にして気象などの自然現象を異にすると同時に民俗のうえでも差異をみせる例が多い。」(『ブリタニカ国際大百科事典』)

との説明なら,納得がいく。大勢は,だから,手向説で,『大言海』も,

手向の轉,

とし,「立向く」を見ると,

「手に捧げて供えれば云ふとぞ。これ多くは,山,又は津にて,さへの神,海(わた)の神へ,我が旅行の恙なからむを祈るになす」

とある。『語源由来辞典』( http://gogen-allguide.com/to/touge.html)も,

「『万葉集』に『多武気』の例があるとおり、古くは『たむけ』といい、室町時代以降、『たむけ』 が『たうげ』に転じ、さらに『とうげ』に変化した。『たむけ』とは『手向け』のことで、神仏に 物を供える意味の言葉である。これは、峠に道の神がいると信じられており、通行者が旅路の安全を祈って手向けをしたからと考えられている」

とする。しかし,旅の安全を,旅の途中の峠で,手向ける意味は,これでは見えない。だからか,『大言海』は,「手向けの音便」としつつ,

「又,嶽(たけ)の延か」

と加えている。この方がまだわかる。また,

「峠の語源は『手向け(たむけ)』で、旅行者が安全を祈って道祖神に手向けた場所の意味と言われている。」

としつつ,(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%A0),

「異説として北陸から東北に掛けた日本海側の古老の言い伝えがある。『たお』は湾曲を意味していた。稜線は峰と峰をつなぐ湾曲線を描いており、このことから稜線を、古くは『たお』と呼んでいたと言う。『とうげ』とは、『たお』を越える場所を指し、『たおごえ』から、『とうげ』と変化した。従って、稜線越えの道が無い所は、峠とは呼ばないのが本来である。同じように『たお』から変化したものとして、湾曲させることを『たおめる』→『たわめる』、その結果、湾曲することを『たおむ』→『たわむ」と言う。或いは実が沢山なって枝が湾曲する状態を『たわわ』と言うようになったと説明している。』(仝上)

とする。説得力がある。どうやら,語源説は

「たむけ説」(峠は境界なので,境の神,塞(さい)などが祀られるので,安全を祈って手向(たむ)けをする説)

「たわむ説」(山鞍部をタワと呼ぶところから,そこを越えるのでタワゴエが転じてトウゲとなったという説)

があるらしい(『ブリタニカ国際大百科事典』『世界大百科事典 第2版』)。旅人視点で,「手向け」は矢張り妙だ。村人視点なら,村境に焦点が当たる。どちらかと言うなら,

たわむ説,

に惹かれる。

「低い鞍部は古語で『タワ』『タオリ』『タル』『タオ』などとよばれ、トウゲはタムケ(手向)の転化ともいわれるが、むしろ「タワゴエ」や「トウゴエ」が詰まったものと考えられている。」

という(『日本大百科全書(ニッポニカ)』)のでいいのではないか。「たわ」は,

「タワミ(撓)・タワワのタワ。タフリと同根」

とある(『岩波古語辞典』)。これは,柳田國男の,

「タワ(乢・鞍部)+越え」

でもあり,

タ,ワゴエ→タウゴエタウゲ→トウゲ,

の転訛説である。実は,鞍部説には,いまひとつ,

「タワ(乢)+ケ(処)」

で,山路の鞍部を指す(『日本語源広辞典』)。

「国字の字源からすると,『山+上+下』山越え通で,上りと下りと変るところが語源」(仝上)とする説がある。敢えて,「越え」を加える必要はない,ということか。

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音韻変化から,それを跡づけると,

「山の尾根の線がくぼんで低くなった所,たわんでいる鞍部をタヲリ(撓り)といった。〈足引の山のタヲリ〉(万葉集),〈山のタヲリより〉(紀)。その省略形をタヲ(撓・田尾)・タワ(撓・多和)といった。そこを通る山越え道をタヲゴエ(撓越え)といったのが,ゴエ[g(o)e]の縮約でタヲゲ(峠)になり,トウゲに転音した」

となる(『日本語の語源』)。「たわむ」説に軍配である。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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