2019年03月19日

いきどおる


「いきどおる」は,

憤る,

と当てる。

激しく腹を立てる,憤慨する,

の意が載る(『デジタル大辞泉』)が,

気持ちがすっきりしないで苦しむ,

の意も載る(仝上)。しかし,

「いきどほる心の内を思ひ延べ」

という用例(万葉集)から見ると,単純な怒りとは違う。『広辞苑第5版』には,まず,

思いが胸につかえる,思い結ぼれて心が晴れない,

という意味が先ず載る。

「事の成らざるを悲しび憤(イキドホリ)恚(ふつく)みて死ぬ」

という用例から見ると,怒りの感情よりは心の塞ぐ状態に焦点が当たっている。その後,

怨み怒る,憤慨する,

の意味があり,更に,

奮起する,

の意味もある。「怒り」とは少しニュアンスが異なる。

「憤」(漢フン,呉音ブン)の字は,

「会意兼形声。奔(ホン)は『人+止(足)三つ』の会意文字で,人がぱっと足で走り出すさま。賁(フン)は『貝+音符奔(ひらく,ふくれる)の略体』の会意兼形声文字で,中身の詰まった太い貝のこと。憤は『心+音符賁』で,胸いっぱいに詰まった感情が,ぱっとはけ口を開いて吹き出すこと」

とあり,忿と同,怒と類,とある(『漢字源』)。心に詰まった感情が吐き出される意で,「憤慨」といきどおるもあるが,「発憤」といきり立つ意もあり,

不憤不啓,不悱不発,不以三隅反,則不復也(憤せずんば啓せず、悱せずんば発せず、一隅を挙げて、三隅を以て反らざれば、則ち復(また)せざるなり),

という「不憤」は,奮い立つ意だが,そこには,

「心が一杯になること」(貝塚茂樹)

と,心の中で思い屈し,考えあぐねているさまがある。漢字では,

怒は,喜の反。はらたつと訳す。立腹の外にあらはるるなり。書経「帝乃震怒」,
忿は,立腹して恨むこと怒り外にあらわれぬなり。易経「君子以懲忿室欲」,
憤は,内に鬱積し発する怒なり。論語「發怒忘食,楽以忘憂」,
慍は,怒りを含みむっとする意。怒より軽し,憤に近し。論語「人不知而不慍」,
悶・懣は,同じ。心に煩鬱して,気のもやもやする義。鬱悶・煩懣と用ふ,
恚は, 恨み怒るなり。怒の跡へ残る気味あり,
嗔は,盛んに怒気の目元に見ゆるなり,瞋に近し,

等々と区別する(『字源』)。

『大言海』は,「いきどほる」を,項を改め,正確に意味の変化を辿ってみせる。まず,

憤,
悒(うれえる),

の字を当て,

「懐悒(いきだは)しと通ず(説文『悒,不安也』玉篇『憂也』)」,

とし,

鬱悒(いぶせ)く思ふ。思ひむすぼほる」

の意を載せ,いまひとつの「いきどほる」は,

憤,

を当て,

「前條の語より移る。怒るも,思ひむすぼほるより起るなり」

とし,

怒る,

意とする。「いきだはし」は,『岩波古語辞典』は,

息だはし,

とするが,『大言海』は,

息急,

と当て,

「息労(いきいたはし)の約なるべし(來到(いきた)る,きたる。引板,ひきた),イキドホシは,音轉なり(いきだはし,いきどほろし。いたはし,いとほし)。和訓栞『いきだわし,いきどをしとも云へり』」

として,

息,急(せわ)し,

で,つまり,

呼吸がせほしい,

意である。

「室町時代『いきだうし』,近世『いきどし』ともいう」

とある(『岩波古語辞典』)。

こうした「いきどおる」の意味の奥行を見ると,

「『息+トオル(徹る)』です。つまり「怒りの息が強く突きとおる」

とする説(『日本語源広辞典』)は,到底受け入れられない。むしろ,

イキトドコホル(息滞)の義(言元梯),

の方がましだ。怒りの表出は,後の意味の転化後だ。むしろ,心屈して鬱屈に焦点が当たっているのではないか。

なお,

「イキホヒ(勢)のイキ,イカリ(怒)のイカとは同源か」

とある(『日本語源大辞典』)。発憤とつながる以上,当然想定される。

参考文献;
貝塚茂樹訳注『論語』(中公文庫)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
簡野道明『字源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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