「太鼓持ち」とは,
幇間,
の意である。
遊客の機嫌を取り,酒興を助けるのを仕事にする男,
とある。
末社,
太鼓,
とも言う。それをメタファに,
人に追従しそのご機嫌取りをする者,
太鼓叩き,
の意でも使う。ただ,
太鼓を持つこと,
という意味もある(岩波古語辞典)。人に太鼓を持たせる意は,しかし,
「昔は太鼓,人に持たせて打つ。太鼓持ちと藝なき者を云ふは,右の如く太鼓持たせ打ちし故なり」(わらんべ草)
とあるところから見ると,
(太鼓の持ち手にしかなれない)「藝なきもの」
を指した,ということのようである。
(河鍋暁斎「吉原遊宴図」 https://mag.japaaan.com/archives/79815より)
「太鼓もち」と同義語の「末社」とは聞き慣れないが,
大尽をとりまく,遊里で客の取り持ちをする人,
で,たいこもちの意である。
「大尽の音が大神に通うのでこれを本社に擬し,その取り巻きを末社にぎして呼ぶ」
とある(江戸語大辞典)。それに擬して,転じて,
太鼓持ち,
幇間,
の意に広げたもののようである。ちなみに,
「太鼓持ちは俗称で、幇間が正式名称である。」
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%87%E9%96%93)。
「『幇』は助けるという意味で、『間』は人と人の間、すなわち人間関係をあらわす。この二つの言葉が合わさって、人間関係を助けるという意味となる。宴会の席で接待する側とされる側の間、客同士や客と芸者の間、雰囲気が途切れた時楽しく盛り上げるために繋いでいく遊びの助っ人役が、幇間すなわち太鼓持ちである」
ともされる,と(仝上)。さらに,幇間は,
「別名『太鼓持ち(たいこもち)』、『男芸者』などと言い、また敬意を持って『太夫衆』とも呼ばれた」
とあるが(仝上),
「座敷を盛り上げるのが、彼らの仕事です。男芸者も座敷を盛り上げますが、太鼓持の方がランクは下になります。
具体的に、男芸者は吉原に住んでいる三味線や踊りで盛り上げるプロの芸人です。妓楼に属する内芸者と吉原見番から2人1組で派遣される見番芸者がいました。一方、太鼓持はおしゃべりや酒の相手が主な仕事で、さらに下のランクになると、裸踊りをする者もいたとか。つまり、特に何か芸を身に付けているわけではなく、お調子者で世渡り上手なことが大事だったのです。」
ともあり(https://mag.japaaan.com/archives/79815),
太鼓持ち,
と
男芸者,
とは別,とする説もある。しかし,『江戸語大辞典』『大言海』は,「太鼓もち」の別称として,
男芸者,
としている。また,
「京坂の俗言にはたひこもち又やつことも云也。江戸にて芸者と云は大略女芸者のこと也。幇間は必ず男芸者或は太夫とも云也。京坂にて芸者とのみ云ば幇間也。女芸妓は芸子とも云也。京坂には野幇間と称すること之無,然れども其業をなす者は往々之有」(守貞漫稿)
とあり,
「地域にもよるが,『やっこ』『芸者』『男芸者』『太夫』ともよばれてしいたこと」
とあり(日本語源大辞典),厳密な区別は,その当人たちだけのことで,いずれも,外から見れば,「太鼓持ち」と括れられたのかもしれない。なお落語に出てくる「野太鼓」というのは,プロの幇間ではなく,
素人,
を指すらしい(江戸語大辞典)が,
「内職として行っていた」
ともある(日本語源大辞典)ので,どちらかというと,
幇間自体を卑しめて呼ぶ称,
というのが正しいのかもしれない。
(幇間芸の一例。足踊り https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%87%E9%96%93より)
さて,「太鼓持ち」の語源は,
「太鼓持ちの語源は安土桃山時代まで遡る。豊臣秀吉が関白から太閤になった時、お伽衆であった曽呂利新左エ門が「太閤、いかがで。太閤、いかがで。」とご機嫌をとっていたことが起源といわれている。その太閤を持ち上げている様子を『太閤持ち』から『太鼓持ち』となった。」
という説(https://dic.nicovideo.jp/a/%E5%A4%AA%E9%BC%93%E6%8C%81%E3%81%A1)から,
タイコは,話の相槌・応答の意。持つはそれで仲を取り持つ意(上方語源辞典=前田勇),
六斎念佛や紀州雑賀踊りでは,鉦を持たないものが太鼓を持つところから,金持ちの遊興の席で機嫌を取る,金を持たない者をいった(色道大鏡・大言海・松屋筆記),
昔,太鼓の名人が,常に自分の気に入りの一人の弟子にのみ太鼓を持たせたので,腹を立てた相弟子らがそれを太鼓持ちといったところから(洞房語園),
人に物を与えることを打つというところから,遊客がよく打てば鳴るとの意でいったもの。また打つ人つまり遊客の心にあうようにふるまうところからか。また,この職の者はうそをついて人の心を慰めるところから,タイコは大虚の義か(好色由来揃),
田楽や風流踊で太鼓を打つ役の名から(演劇百科事典),
太夫をこころよくのせて廻し,大尽の気に入るように拍子をとるので,能の太鼓打ちになぞらえたもの(嬉遊笑覧),
等々まで諸説ある。しかし,
「古来諸説あれど,いずれも付会の感が強い」
とする(江戸語大辞典)ように,どうも理屈をこねるものに,正解はない。もともと,
「昔は太鼓,人に持たせて打つ。太鼓持ちと藝なき者を云ふは,右の如く太鼓持たせ打ちし故なり」(わらんべ草)
とあるところから見ると,
(太鼓の持ち手にしかなれない)「藝なきもの」
を指した,ということのようである(岩波古語辞典)。その意味では,
六斎念佛や紀州雑賀踊りでは,鉦を持たないものが太鼓を持つところから,
というのが実態に沿うのではないか。ただ,「藝無き」ものではなく,
「芸としては,地口,声色(こわいろ),物真似・舞踊・のほか,扇子や衣桁などの身近な物を用いた演技や狂態など,滑稽なものが主である。ただし,多くは,一中節・清元などの音曲を身に着けていた」
とある(日本語源大辞典)。確かに,
男芸者,
である。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95