2019年05月04日


「畳」は,

畳む,

の名詞である。だから,「畳」は,

畳む,

意である。「畳む」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/465432269.html?1556881252)については触れた。

「幾重にも積み重なること」

とある(岩波古語辞典)。だから,

「筵(むしろ)を厚く畳み重ねたことによる」

とする(仝上)。

「古くは,筵・ござ・しとねなど敷物の総称。平安時代には,畳といえば薄縁(うすべり)であったが,厚畳(あつじょう)も既にできていて,寝殿造の廂(ひさし)には,随所に厚畳が敷かれた。縁の種類によって繧繝縁(うんげんべり・うげんべり)・高麗縁(こうらいべり)などがあり,この二つは最上とされた」

とある(仝上)。

「畳縁は目立つので、色や柄で部屋の雰囲気が大きく変わる。 昔は、身分等によって利用できる畳縁に制限があった。
繧繝縁(うんげんべり・うげんべり)…天皇・三宮(皇后・皇太后・太皇太后)・上皇、神仏像
高麗縁(こうらいべり)…親王・摂関・大臣(大紋高麗縁)、公卿(小紋高麗縁)」

なのだという(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%95%B3)。

「畳の原点は古代から存在する。古代の畳は、莚(むしろ)・茣蓙(ござ)・菰(こも)などの薄い敷物の総称であり、使用しないときは畳んで部屋の隅に置いたことから、動詞である「タタム」が名詞化して「タタミ」になったのが畳の語源とされる)

とあり(仝上),古事記にも,

「菅畳八重・皮畳八重・絹畳八重を並みの上に敷きて,其の上に下り坐しき」

とある(広辞苑第5版)。だから,『大言海』は,「畳」を,

「たたみ薦(こも)の略,重ねて敷く意」

とする。とすると「畳」は,

畳む,

意ではなく,「畳む」のもつ,

重ねる,

意から来たことになる。「畳」の,

「筵(むしろ)を厚く畳み重ねたことによる」

という意(岩波古語辞典)は,「畳む」の持つ,

折り返して「畳む」から畳なのか,
積み重ねる「畳む」から畳むなのか,

何れから来たのであろうか。それは,元々「すべり」だったから,

折り返した畳んだ,

という「収納方法」に由来するのか,「畳」が,

薦を幾重にも重ねて作られた,

という「製造方法」に由来するのか,という違いである。『日本語源広辞典』は,

「タタムの連用形で名詞化」で,叩いて折り重ねて作った,

と「製造」説を採る。

重ねる意のタタムから。タタカサネミルの意(日本釈名・東雅・類聚名物考・古事記伝・箋注和名抄・雅言考・嬉遊笑覧・和訓栞・柴門和語類集・国語溯原=大矢徹),
弧を折りたたみて造るところから,タミタミの急呼(日本語源=賀茂百樹),
テアム(手編)の約タミの畳頭語(日本古語大辞典=松岡静雄),

も製造説とみていい。収納説は,大言海以外にも,

タタミムシロ(畳筵)の略(志不可起),
不用のときはタタミ(畳)置くところから(ねざめのすさび・家屋考・国語学通論=金沢庄三郎・国語研究=金田一京助・話の大事典=日置昌一),

等々がある(日本語源大辞典)。

「①動詞『たたむ』の名詞形。記紀に八重畳,菅畳の用例があるので上代からあったことが知られる。材質も『古事記』『万葉集』によって皮畳や絹畳があったこと,形は『延喜式』や『正倉院文書』,また諸大寺の資材帳によって長帖,短帖,半帖,狭帖があったことがわかる。②平安時代の畳はうすべりの類で,『源氏物語』には,部屋一面に敷きつめるのではなく,座ったり寝たりする場所にだけ一時的に敷かれたもので,そのほかのところは板敷であったことが知られる用例がある。③現在のように敷きつめるようになったのは中世の書院造りや寺院の方丈などからと考えられる」

とある(仝上)。由来は,製造方法ではなく,「畳んでしまう」からではあるまいか。

「現代の畳に近づくのは平安時代に入ってからであり、厚みが加わるとともに部屋に据え置いて使うようになり、大きさの規格化が進められている。延喜式では、階級により大きさや縁の色が定められている。
平安時代までは板床に敷くクッションの一種のような感覚で使われていたが、室町時代に入ると、書院造の登場によって部屋全体に畳を敷く様式があらわれ、移動されることがなくなった畳はより分厚く重くなり、茶道の拡大に伴い、正座と共に普及していった。
江戸時代に入ると、畳そのものが重要な建築物の要素として見なされるようになり、城や屋敷の改修工事を司る役職として畳奉行が任命される例も見られた。」

とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%95%B3),

「江戸時代にかけては、茶道、茶室の登場により、さらに庶民のも普及し、現在に至っています。庶民への普及に伴い、その需要が急上昇しました。畳職人と呼ばれる人々も、江戸時代になってから多くなって来たようです。ただし、農村部への畳の普及に関しては、江戸時代末期以降となったようです。」

とある(https://reform.tatamitai.com/tatami_knowledge/etymology/)。しかし今日,洋風化に伴い,平安時代のように板敷(フローリング)に薄い畳をクッションとして1枚から数枚程度置く、という形が復活しつつある,というのも皮肉である。

17.jpg

(畳屋・畳師 職人尽絵詞(しょくにんづくしえことば)https://www.benricho.org/Unchiku/edo-syokunin/04syokuninzukushiekotoba/#group1-18より)

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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