2019年05月05日

堪能


「堪能」を,

たんのう,

と訓ませるのは,完全な当て字である。本来,「堪能」は,漢語で,

かんのう,

と訓む。『広辞苑第5版』は,両者を分け,「たんのう(堪能)」は,

「足リヌの音便足ンヌの転訛。『堪能』は当て字」

とあり,

十分にみちること,あきたりること,
また,気のすむようにすること,

の意で,

「かんのう(堪能)と混同して,技能に長ける意にも誤用」

とある。「かんのう(堪能)」は,仏教用語で,

忍耐力,

だが,漢語の本来の意味は,

深くその道に達して上手なこと,またその人,

の意で,

其文武堪能,随才銓用(宋書,明帝紀)

と使う(字源)。

つまるところ,和語「足りぬ」に,「堪能」の字を当てたことで,ややこしくなった。『大言海』は,

「たんぬ」の項,
と,
「たんのう」の項,
と,
「かんのう」の項,

を別に立てる見識を示す。「たんぬ」は,

「足りぬの音便,知りぬ,しんぬ。去りぬる十日,さんぬる十日の類」

とし,「たんのう」は,

「かんのうの語讀。事を為すに堪へて能くする意」

とし,「かんのう」は,

「事を為すに堪へて能くすること,技に,妙に巧みなること,

とする。つまり,和語「たんのう」に,

堪能,

という漢字を,

「意味の近い漢語」(日本語源広辞典)

当てはめたことが,間違いのもとということになる。何でも漢字を当てはめたり,探したりするのを柳田國男が嘆いていたことを思い出す。

「平安後期の『観智院本名義抄』に載っている『たんぬ(足んぬ)』は,中世後期になると抄物や『日葡辞典』に『する』を伴った形でつかわれており,一般化したとみられる」(日本語源大辞典)

のが「たんのう」の端緒,つまり,

たりぬ→たんぬ→たんぬする,

といった転訛と思われる。それが,

「この『たんぬする』は江戸時代に入ると,『たんの(する)』の形に変化し,更に長音化し『たんのう(する)』となった」(日本語源大辞典)

のである。つまり,

たりぬ→たんぬ→たんぬする,→たんうする→たんのうする,

という転訛する。そして,

「江戸中期の『志不可起』には『たんなふ』の見出しがあり,『足んぬ』との関わりが述べられている。また漢字表記についても触れてあり,語源から『胆納』の表記をてようとしている。『たんのう』は現在『堪能』と表記するが,これはあて字で,江戸時代には『胆納』の他に,『湛納』『堪納』といった表記もされた」(日本語源大辞典)

とある。少なくとも,江戸時代後半に,

たんのう,

となったもので,『江戸語大辞典』は,「堪能」と当てているが,

満足すること(「御遊興はいつ迄なされても,是を胆納と申事はなきものにございます」安永九年・初葉南志),
満腹すること(「丁度幸ひ寮番の内儀さんに乳があれば,たんのうさせて上げんせう」安政七年・三人吉三),

と,「足りぬ」の意味でしか使われていない。「かんのう」の,

「『堪』にタンの音はなく,『湛』にタンがあることによる誤用に基づくあて字」(日本語源大辞典)

であり,明治までは,辞書に「湛能」を上げるものもあったという。今日では,その区別も無視されて,誤用が罷り通っている。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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書評
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posted by Toshi at 03:57| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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