「毛」は,「もう」と訓ませる単位の意ではなく,「毛髪」の「毛」である。「毛」(呉音モウ,漢音ボウ,慣音モ)の字は,

「象形。細かいけを描いたもので,細かく小さい意を含む」

とある(漢字源)。で,和語「け」は,

古形カの転,

とする説がある(岩波古語辞典)が,「カ」をみると,

髪,

と当て,

複合語だけに見られる,

とある(仝上)。例えば,

しらが(白髪),

が浮かぶが,しかし「ケ(毛)」の複合語は多く,

ケモノ(獣),
ケダモノ(獣)
ケガワ(毛皮),
マユゲ(眉毛),
ハケ(刷毛),
コケ(苔),
ケムシ(毛虫),

等々,むしろ「カ」の複合語より多いかもしれない。

シラガ(白髪)のカが古形で,鬣(たてがみ)の意の朝鮮語kalkiと同源か(日本語の起源=大野晋),

という説はあるし,「しらが(白髪)」は,

上代は「しらか」か,

とする(デジタル大辞泉)説もあり,

古形はカ,

と見る見方は捨てがたいが,僭越ながら,

髪,

の字を当てているのは意味があって,

シラカミ(白髪),

の意ではないのか。現に,「しらが(白髪)」を,

「しらかみ(白髪)の略」

とみる説も(大言海)ある。「白髪」を,

しろかみ,

という言い方もあった。

降る雪の白髪(しろかみ)までに大君に仕つかへ奉(まつ)れば貴(たふと)くもあるか(橘諸兄)

やはり,「しらが」は,

しろかみ→しらかみ→しらが,

の転訛ではあるまいか。

おくれげ(後れ毛),

は,少なくとも,

おくれが(後れ髪),

とは言わないようだし,

ほつれげ(毛),

ほつれがみ(髪),

と両方使うが,

ほつれが(髪),

とは言わない。「が(髪)」という表現は特殊なのではあるまいか。

では,「け」の語源は何か,これが定まらない。

キ(気)の転(日本釈名・和語私臆鈔・碩鼠漫筆・和訓栞),
キ(生)の義から(国語の語根とその分類=大島正健),
クサ(草)のクと同義(玄同放言),
コ(細)の転(言元梯),
小さいところから,キレ(切)の義(名言通),
外気から肌を防ぐところから,キサヘ(気塞)の義(日本語原学=林甕臣),
ヌケハゲ(抜禿)するからか(和句解),
禽獣は毛によって肥えてみえるところから,コエ(肥)の反(名語記),
細かい毛の意の𣬫(ke)の義。シラガ(白髪)カは「𣬫」の別音ka(日本語原学=与謝野寛),

等々,諸説あるものの,「毛」という言葉の,

動植物の皮膚を覆う細かい糸状のもの,

という原義とはかけ離れた「け」の音の語呂合わせに見える。

語源は未詳であるが、「生(き・け)」とする説が 有力と考えられている

と(語源由来辞典)とするが,ちょっと信じられない。どこに,

皮膚を覆う細かい糸状のもの,

の含意があるのか。それなら,

クサ(草)のクと同義,

とするほうが,その形態との類似が感じられる。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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書評
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