和語で「ち」という,
乳,
は,漢字では,「ち」とは発音しない。「乳」(呉音ニュウ,漢音ジュ)の字は,
「左側の孚は,子どもを手で覆ってかばうさまで,孵化(ふか)の孵(たまごを抱いて育てる)の原字。右の部分乚は乙鳥の乙(つばめ)の変形。中国ではつばめは子授けの使いだと信じられた。あわせて子を育てるの意を示し,やわらかくねっとりした意を含む」
とある(漢字源)。別説では,
「会意文字です(爪+子+乙)。『手を上からかぶせ下にある物をつまみ持つ』象形と『頭部が大きく、手足のなよやかな乳児』の象形と『おっぱい』の象形から、赤子をおっぱいに向けるさまを表し、そこから、『ちち(おっぱい)』、『ちちを飲ませる』、『養う』を意味する『乳』という漢字が成り立ちました。」
とある(https://okjiten.jp/kanji284.html)。是非を言える立場ではないが,後者の方が,すとんと落ちる気がする。
さて,和語「ち」は「ちち」の意であるが,それをメタファに,羽織・幕・旗のさおや紐を通す小さな布製の輪を「乳」といい, そういう旗を,
乳付旗(ちつきばた)
と呼んだり,
釣鐘の表面にある、いぼ状の突起,
を「乳」と呼んだりする。
「ち(血)」の項(http://ppnetwork.seesaa.net/article/465705576.html)で触れたように,
「身体内から出る液体として,チ・ツ(血),チ(乳),ツ(唾)に共通したtを認めることが出来るので,これらを同源とみることができる。また,血・乳とも,人(子供)・生命にとって重要な生命力の源であるからそれらを,さらにチ(霊)と同源と見なすことも可能であろう」(日本語源大辞典)
と,「ち」に当てる,
血,
乳,
は,同源で,
霊(ち),
とも通じる。
人体にチ(霊)から流れているという観念から出たものからチ(霊)の転義か(日本古語大辞典=松岡静雄)
とするのは,それを直截的に言っている。
チ(血)が化して血となるところから(言葉の根しらべの=鈴木潔子),
タビチ(食血)の義(日本語原学=林甕臣),
は,血と乳を繋げている。ある意味同趣だが,
「チは,赤ん坊の生命のもと」
とある(日本語源広辞典)のは,「ち(血)」の,
「チは,正命のもと」
とあるのと通じる(日本語源広辞典)が,ちょっと説明不足かもしれない。
タリ(垂)の義(名語記・名言通・言葉の根しらべの=鈴木潔子),
チ(鈎)の義(言元梯),
は形態から来ている。しかし,
身からいづるものであるところから,イヅの略轉。また身から出る水であるところから,ミヅ(日本釈名),
児が生まれて後に乳が垂れるところからノチ(後)の上略か。またチゴ(稚児)の義か。あるいはイノチ(命)の上略か(和句解),
チウチウと吸う音から(国語溯原=大矢徹),
となるとどうであろうか。
因みに,俗に「ちちくりあう」の「ちち」に「乳」を当てるのは当て字。これは,
ちぇちぇくる,
という言葉(擬音か?)が,
男女が密会して私語する,
意で,その転訛,
ちぇちぇくる→ててくる→ちちくる,
のようである(江戸語大辞典)。
参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:乳