折角


「折角」は,名詞の,

力を尽くすこと,骨を折ること,
困難,難義(日葡辞典),
滅多にない,

という意味と,副詞の,

十分気を付けて,
つとめて,精一杯(岩波古語辞典)
(多く「~なのに」の形で)努力や期待が報いられなくて残念という気持ちを表す,

の意味とがある(広辞苑)。今日,他の意味はなくなって,

折角おいでいただいたのに,留守をしまして,

という使い方をすることが多い。広辞苑(第5版)には,

「一説に,頭巾の角(つの)を折る意で,後漢林宗がかぶっていた頭巾の角の片方が雨に濡れて折れ曲がったのを,時のひとがまねて,わざと一方の角を曲げて林宗巾と呼んだという故事による」

とある。これだと,今日の「折角」の使い方の由来としては,通じる。

しかし,名詞の意味とは少しずれる。大言海は,二項を,別にし,名詞は,

「漢書,朱雲伝,『五鹿嶽嶽,朱雲折其角』に起ると云ふ」

と,

「朱雲が五鹿充宗と易を論じて,屡,五鹿を言ひこめたるより,時人,評して,朱雲の強力,能く鹿の角を折りぬ,と洒落れたる故事に依りて,高慢の鼻をひしぐことを折角と云ふ。我が国にては,転じて,骨折ること,力を尽くすこと」

と説く。それとは別に,副詞の「せっかく」の項を立てる。

骨折りて,努めて,力を入れて,

の意とする。我が国では,意味が転じているので,名詞も副詞も,大差がないように見える。しかし,

頭巾の角を折る,

というのは,骨折りとも,努めて,とも意味がつながらない。どちらかというと,

わざわざ,

という今日の,

折角おいでいただいたのに,

の意に近い。字源は,

頭巾の角を折る,

意の由来を,後漢書の林宗の頭巾の故事を,

高慢の鼻を折る,

意の由来を,漢書の朱雲の故事を,それぞれ別に引き,我が国では,

骨を折る,無駄に努力する,
随分に,

の意で使う,とする。高慢の鼻を折る由来と,我が国の意味とはほとんどつながらないように見える。精選版日本国語大辞典は,名詞の,

① 角(つの)を折ること,
② 物のかどを折ること,
③ プリズムなどにより光の角度を変えること,
④高慢の鼻をへし折ること,慢心を打ちくだくこと。
⑤ 力を尽くすこと,骨を折ること,
⑥ 困難,難儀,

という意味の中の,あくまで「高慢の鼻をへし折ること」の由来として,

「昔、中国で、朱雲が五鹿の人充宗と易を論じて勝ち、時の人が評して、朱雲の強力、よく鹿の角を折ったとしゃれた」(漢書‐朱雲伝)

を挙げている。さらに,

骨を折って,つとめて,わざわざ,とりわけ,

の意味の副詞の由来を,

「後漢の郭泰が外出中に雨にあい、頭巾のかどが折れてしまったが、郭泰は人々に慕われていた人気の高い人物だったので、みながわざわざ頭巾のかどを折ってそのまねをした」(後漢書‐郭泰伝)

を挙げている。つまり,我が国の「せっかく」の意とは,中国の故事は関係ないのではないか,という気がしてくる。

故事ことわざ辞典は,「折角」の項で,朱雲の故事は,

高慢な人をやり込めること,

郭泰の故事は,

意味のないことをわざわざする喩えにいう,とする。つまり,何れの故事も,我が国の意味とのつながりを欠くのである。だから,

「せっかくは,『せっかくお誘いいただいたのに』や『せっかく来たのに』など副詞として用い られることが多いが,本来は『力の限り尽すこと』『力の限りを尽さなければならないよう な困難な状態』『難儀』の意味で名詞である。名詞の『せっかく』は,『高慢な人をやりこめること』を意味する漢語『折角』に由来し,漢字で『折角』と表記するのも当て字ではない。漢語の『折角』は,朱雲という人物が,それまで誰も言い負かすことができなかった五鹿に住む充宗と易を論じて言い負かし,人々が『よくぞ鹿の角を折った』と洒落て評したという『漢書(朱雲伝)』の故事に由来する。
『わざわざ』の意味の『せっかく』については,『後漢書(郭泰伝)』の故事に由来するという説がある。その故事とは,郭泰という人の被っていた頭巾の角が雨に濡れて折れ曲がっていた。それを見た人々は角泰を慕っていたため,わざわざ頭巾の角を曲げて真似,それが流行したという話である。しかし,『せっかく』が『漢書(朱雲伝)』に由来し,名詞・副詞へ変化したことは明らかであるため,『わざわざ』の意味の『せっかく』だけが『後漢書(郭泰伝)』の故事に由来するとは考え難い」

とする説明(語源由来辞典)は意味不明である。どう考えても,

高慢な人をやりこめること→力の限り尽すこと,

とはつながらない。あるいは,「折角」と漢字を当ててしまったために,中国の由来に紐付したが,本来は,別の語源であったのではないか。岩波古語辞典は,

骨を折ること(名詞),
つとめて,精一杯(副詞),

の意味を載せる。中国故事を無視すれば,これは名詞も,副詞も,意味は一貫している。何でも漢字を当てはめることを嘆いたのは柳田國男であったが,これも,骨を折る意の「せっかく」に「折角」を当てはめたために,無理やり故事とこじつけようとした付けに思える。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
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コトバの辞典;
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スキル事典;
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書評
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