2019年06月24日

しょっちゅう


「しょっちゅう」は,

初中,

と当てたりするが,

初中後の転,

とある。今日は,副詞的に,

いつも,
終始,
絶えず,

という意味で使うが,「初中後」は,

一連の物事を段階的に三区分下,それぞれの段階,

の意味とされる(広辞苑)。しかし,岩波古語辞典の「しょちうご(初中後)」をみると,

初めと中と終り,また初めから終りまで,
序破急に同じ,

とある。「序破急(じょはきふ)」は,

「音楽・芸能などが時間的に展開して行く順序。『序』は緩やかな導入部,『破』は緩やかであるが変化に富み,『急』は急速で最高潮。はじめ雅楽における一曲の構成要素。のち,個々の曲の性格をもいう。世阿弥がこの原理を重視して能の芸術的感性に適用,一曲の構成にはもちろん,一興行の曲目の選定・演奏順序にもこれを用いたが,させに江戸時代には三味線の演奏及び舞踊などにも使われるようになった」

とある(仝上)。そのせいか,「初中後」を,

中世の芸道、文芸論などで使った用語,

とする説が大勢である。たとえば,

「拍子は初中後へわたるべし」(花鏡・音習道之事)

と使われ,

「物事のはじめと中頃と終わりの三段階。また、九品説に基づき、初中後をさらにそれぞれ初中後に細分し、九区分にすることもある。特に、中世の文芸論などで、初心から堪能に至るまでの学習法を段階的にした三区分法」(精選版 日本国語大辞典)
「『初中後』とは中世の芸道論の言葉で、初心者から達人の域に達するまでを三段階に分けて示すものであったが、近世には『初めから終わりまでずっと』の意味に転じた。その頃から、下略された『初中』が使われるようににり、近代以降に『しょっちゅう』が一般で使われるようになった」(語源由来辞典)

といった具合である。ただ,気になるのは,

「お釈迦様が教えを説く際に心がけていた『初めも善く、中ほども善く、終わりも善く』=『初中終』が変化した言葉といわれる。『しょっちゅう』は悪い意味で使われるが、本来は『常に善い』の意味」

と(https://www.news-postseven.com/archives/20150930_352848.html),仏語由来説があることだ。

初中終,

は,多く,

しょっちゅう,

と訓ませ,ほぼ,

初中後,

と同義で使われている。「初中終」について,

「説教とは、仏が教え説くことである。仏の説法は親父の小言とは異なり、初めから終わりまで『善』が説かれる。そこで『初中終善なり』(『法華経』)とされる。ここから『しょっちゅう喧嘩している』など言うように『いつも』『常に』『終始』を意味する『初中』の語が生まれた」

とある(http://www.otani.ac.jp/yomu_page/b_yougo/nab3mq0000000r9f.html)。あるいは,

「釈尊教団が成立してまもなく,弟子たちに告げられた『伝道宣言』の中で,『比丘たちよ,初めも善く,中程も善く,終りも善く,道理と表現を兼ねそなえた法を説け』と諭された言葉に由来します」

ともあり(https://shimbun.kosei-shuppan.co.jp/buddhism/9024/),仏語由来は確からしく思われる。大言海は,「しょっちゅう」を,

初中終の略,

としてしいる。とすると,

初中終→初中→しょっちゅう,

という変化が一つ考えられる。しかし,芸道論で,三段階の意の「初中後」を使うとき,あるいは,

初中終→初中後,

と替えて,

初めから終りの意ではなく,

三段階,

の意に転換して用いた可能性がある。「初中終」は,

「703年(大宝3)文武(もんむ)天皇のとき『大般若経』の転読(経題や経の初中終の数行の略読を繰り返すこと)が行われたことが『続日本紀(しょくにほんぎ)』にみられる」(日本大百科全書)

とか,

「苦行頭陀、初中後夜、勤心観禅、苦而得レ道、声聞教也」(往生要集)

での使い方を見ると,明らかに,仏語の由来そのものの,

はじめとなかとおわり,

の意で,

物事の三段階,

という意はなく,

最初から最後まで,

の意が強い。それを中世,芸道の

物事のはじめと中頃と終わりの三段階,

の意に転換して使ったが,江戸時代,

初中(しょちゅう),

と略し,促呼して,

しょっちゅう,

となったときには,既に,

終始,
いつも,

の意に転じている。つまり,先祖返りしたのである。

「『しょっちゅう』 はもともとは 『初中後 (しょちゅうご) 』 ということばだったのです。(中略)その 『初中後』 の 『後』 が省略されて 『初中 (しょちゅう) 』 となり,間に促音が入って 『しょっちゅう』 と変化してきたものです。しかし,この省略はことばの意味からしたらあってはならないことです。 3 段階の最後の段階を省略してしまったら, 〈ずっと〉 の意味をなさなくなります。それを強引に省略してしまうのですから,ことばというのはいい加減といえばいい加減です」

とある(https://mobility-8074.at.webry.info/201411/article_3.html)通りだが,もともと,「初中終」で,

はじめから終り,

の意で使っていたのだから,それが,

初中終(後)→初中→しょっちゅう,

と,表記がどう変わっても,仏語の用例の意味に戻っただけと言えば言える。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:41| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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