「濡れ鼠」は,
水に濡れた鼠,
の意だが,転じて,
衣服を着たまま全身水に濡れたさまのたとえ,
とある(広辞苑)。室町末期の日葡辞書にも,
「ヌレタネズミノヤウニナッタ」
と載る。しかし,なぜ鼠なのだろう。
「『濡れ鼠』は、ぬれたネズミの毛が、体にはりついてみすぼらしく見えるところから、衣服が体にぴったり付くくらい全身ぬれることをいう。」
とある(類語例解辞典)。それでもなぜ,その喩えに,鼠なのか。「濡れ鼠」の意味の中に,
「水に濡れた鼠のように、衣服を着たまま全身がずぶ濡れになること」
という説明がある(デジタル大辞泉)。とすると,濡れた鼠の恰好が,そう喩えさせるものがあることになる。
「水に濡れた鼠を覧になった事有りますか?ビショん、ビショん、毛が油こく無くてとにかく水切れ(水ハケ)が非常に悪い体質みたいですねえ見るも哀れって感じですよ。」
という説明があった(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1211761402)。どうやら,こういう濡れた鼠像が背景にあるように思われる。それには理由があるのだろうが,
「ネズミのヒゲは、周囲の振動や障害物を敏感に察知して、すばやくその場から避難して身を守ることができるようになっています。(中略)ネズミの体毛もヒゲと同様に周囲の状況をすばやく感知する役目を果たしています。周囲の振動や障害物を体毛で感知してすばやくその場から退避したり、逆にエサを上手にキャッチすることができる役目を担っているといえます。」
という体毛の特色と関係あるのかもしれない。
「一般に集落の形成期にはハタネズミ・アカネズミなどの野ネズミが多く出土し、集落の成長に伴い人家の周辺に生息するドブネズミが出現し、さらに集落が衰退すると再び野ネズミが増加するという。唐古・鍵遺跡における出土事例から、弥生時代には稲作農耕の開始に伴い渡来したとする説がある。従来、日本列島へのネズミの渡来は飛鳥時代に遣唐使の往来に伴い渡来したとする説や江戸時代に至って渡来したとする説もあったが、唐古・鍵遺跡の事例により、これを遡って弥生時代には渡来していたと考えられている」
とされ(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%82%BA%E3%83%9F),稲と共に渡来したものらしい。
さて,では「ねずみ」の語源は何か。「鼠」(ソ,ショ)の字は,
「象形。ねずみの姿を描いたもの。庶(ショ 数多い)と同系で,数多く増えることに着目した名称」
とある(漢字源)。別に,
「象形文字です。『歯をむき出し、尾の長いねずみ』の象形から『ねずみ』を意味する『鼠』という漢字が成り立ちました」
ともある(https://okjiten.jp/kanji2918.html)。
和語「ねずみ」の語原は,諸説ある。大言海は,
「根棲(ネスミ)にて,穴居の義。或は云ふ,穴住の転と」
と,「根棲(住)」説を採る。日本語源広辞典も,
「『ネ(根)+住み』です。家の暗い陰の所に好んで住み着く」
からとする。この「根棲」は,
「根之堅州國(黄泉の国のこと)を訪れた大国主命が,危ういところをネズミに助けてもらったという話が『古事記』にあり,上代では『根棲み』と考えられとていたととは考慮すべきであるが,ここでの『根』は『根元』ではなく『陰所』を表していることから,棲みかを語源とするならば,『ね(隠れた所)+『棲み』とすべきであろう』
とある(語源由来辞典)ところに由来する。これについては,日本語源大辞典が,こう指摘している。
「語源ははっきりしないが,須佐之男の住む『根国(ねのくに)』を訪れた大國主命が危ういところをネズミに助けてもらったという『古事記』の記事は,上代人がネズミを『根棲み』と考えていたことを窺わせる面がある。ちなみに,ネズミが大黒天(大國主命と同一視された)の使いとされるのもこの神話による」
と。といって,
ネズミ(根住・根棲)の義(菊池俗語考・日本語原学=林甕臣・大言海),
ネは幽陰の所をいう。スミは栖の義(東雅),
陰所にスム意(日本声母伝),
等々の「根棲」説が有力なのではなさそうである。他にも,
アナズミ(穴住)の略轉(言元梯・天野政徳随筆・日本古語大辞典=松岡静雄),
夜もすがらイネズあるものの意(隣女唔言),
不寝部の義。ミはノミ(蚤)・セミ(蟬)のミと同じで,物の多いことをいうムラの転(俚言集覧),
人が寝た後に出るところからネイツミ(寝出見)の義(名言通),
人がネ(寝)スンだ後に出るところからか(和訓栞),
等々あるが,語源由来辞典が有力とするのが,
「ネズミの語源で有力な説は,『ぬすみ(盗み)』の転で,人間の周囲にいて食糧を盗む生き物であり,古く倉庫は鼠返しを立てて侵入を防いでいたことからも考えられる」
と,
寝ている間に盗みをする動物であることから(日本釈名・和訓栞),
という,ヌスム→ネズミ転訛説だ。日本語の語源も,
「食べ物をヌスム(盗む)毛物がネズミである」
とする。英語のmouseも盗みに由来することもついでに主張される。類説に,
人が寝ている間に食べ物を盗むとするものです。 ねぬすみ → ねすみ → ねずみ と転訛,
という寝盗み説もある。しかし,由来の古さから見て,
ネスミ(根住・根棲),
なのではあるまいか。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:濡れ鼠