2019年07月14日
自力救済
仁木宏『戦国時代、村と町のかたち』を読む。
本書は,京都西南の山城國西岡地域と大山崎における,地域住民に視点を置いて,室町末期から織豊期にかけての地域社会の変化を追う。
「従来,重視されてきた領主・百姓や村の『経営』についてはほとんどふれない。そうした視点に立つかぎり,村落や地域社会を再編成するダイナミズムを解明することはむずかしい。むしろ,土豪やその連帯組織が地域においてどのような社会的存在であったかに注目したい。こうした方法が『下から』と『上から』の視点のズレを解消する有効な分析方法であると考えるからである」
という問題意識で,地下人に視点を置く。この場合,地下は,文字通り,在地の土豪を指す。地下(じげ)人は,
凡下,
甲乙人,
重複する呼称で,「凡下」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/463837199.html)で触れたように,地下(人)は,室町末期の『日葡辞典』には,
土着の人,
の意となる。本来五位以下を指したが,そこにも至らぬ公家以外を指し,対に,庶民を指すようになった。武家も,公家から見れば,地下である。しかし武家の隆盛とともに,地下は,
土着の人,
つまり,
地元の人,
という意になった。土豪は,
「在地の数村を支配する小規模の豪族である、地頭やその系譜をひく国人領主の家臣或いは被官たる者で地侍の主筋になる在地領主をも含む概念」
とある。本書の主役は,このレベルの土豪である。
室町末期,室町幕府,それを駆逐した三好長慶政権,織豊政権と,支配層の変遷に伴って,右往左往しつつ,しぶとく生き残っていく。
西岡地域は,
「十四世紀半ば以降,史料にみえる山城國『西岡』地域は,向日市・長岡京市の全域と,京都市南区・西京区,大山崎町の一部からなる。桂川の右岸(西岸)にあたるが,嵐山と松尾社までは含まない。…ほぼ山陰道以南を範囲とし,久我縄手・西国街道に沿った地域にあたる。」
大山崎は,それに含まれず,
「山城國と摂津國にまたがって立地した。(中略)権門の支配からの自立をめざした山崎の住民たちは,十三世紀以降,石清水八幡宮に仕える神人(じにん)の身分を共通して獲得…1392(明徳三)年には,将軍足利義満より,『神人在所』であることを理由に守護不入特権をさずけられ」
たが,大山崎の領域は,円明寺(大山崎町)から摂津の水無瀬川(島本町)までと確定された。この地域は,まさに,後年,東上する羽柴秀吉と明智光秀がぶつかった山崎の合戦の主戦場にも重なる。
大山崎は,
「『神人』という社会的身分をもつ住民によってなりたつ『神人在所』として,その領域を確定した都市・大山崎」
として,油商人,米商人,土倉・酒屋等々の拠点であった。彼らは十五世紀半ば,
惣中,
という自律的組織(「所」と呼ぶ)をつくる。西岡の土豪たちは,連帯組織,
国,
をつくる。国衆と呼ばれるようになるが,それは,時の権力者との関係で,
土豪たちが半済を給付されることで公的な地位を獲得した,
ことによる。ときに幕府や有力武家(細川・畠山等々)の被官として,社会的身分として,
御被官人,
と呼ばれ,軍事動員を受ける立場でもあったのである。しかし,重要なのは,
「土豪たちがみずからを『国』と名乗ったことである。『国』が地域の公権としての立場を示し,自分たちの政治的な正統性を主張する」
に至るのである。
「こうして『国』も『所』も,みずからの領域内の諸問題を自律的に解決する能力を獲得し,構成員からも,外部勢力からも『公』的な存在と認められるようになった。」
こうした戦国的自立性の転機は,織田政権下,細川藤孝が西岡の一職支配を得たことにある。土豪に本領安堵や新恩給与を行ない,それに抵抗した土豪は亡ぼされる。
「藤孝は,信長の家臣として各地を転戦したが,これには西岡の土豪たちも従軍した。」
後に,細川が丹後へ国替えを命じられた折,土豪の中には従わず在地に残ったものが少なくない。彼らは,もはや「国衆」という自律性はもちえず,豪農として生き残っていく。
大山崎も,自立都市堺がそうであるように,織豊政権は,直轄都市として掌握する志向を持ち,
「羽柴秀吉による山崎城築城,大山崎の城下町化による,強力な統制へとつながっていく」。
戦国の終りとは,土豪だけでなく,百姓・町人の,
自力救済,
の剥奪でもある。
参考文献;
仁木宏『戦国時代、村と町のかたち』(山川出版社)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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