襟を正す


「襟を正す」とは,文字通り,

姿勢,服装の乱れを整え,きちんとする,

意だが,それをアナロジーに,

心を引き締め真面目な態度になる,

意で使う(広辞苑)。

膝を正す,

も,

改まった様子になる,

という意である。似た言い回しに,

居住まいを正す,

というのがある。「襟を正す」の出典は,一つは,史記・日者伝の,

宋忠賈誼、瞿然而悟獵纓正襟危坐,

の,

獵纓正襟危坐(纓を猟り襟を正して危坐す),

である。

「長安の有名な易者に会いに行った漢の宋忠と賈誼が,有名な易者である司馬季主と会ったとき、司馬季主の易にとどまらない深い博識に感動し、自然に冠のひもを締め直して上着の襟(えり)を正し、きちんと座り直して話を聞き続けた」

という意である(由来・語源辞典)。

「襟を正す」の出典とされるものに,もう一つある。北宋の詩人・蘇軾(そしよく)(東坡)の詩,「前赤壁賦」に,

蘇子愀然
正襟危坐
而問客曰
何為其然也

とある。、「蘇子(蘇軾)は真顔になり襟を正して座りなおし、客に『どうすればそのような音色が出せるのか』と問うた」というのである(https://biz.trans-suite.jp/15915)。前後は,

客有吹洞簫者(客に洞簫を吹く者有り)
倚歌而和之(歌に倚りて之に和す)
其声鳴鳴然(其の声鳴鳴然として)
如怨如慕(怨むが如く慕うが如く)
如泣如訴(泣が如く訴えるが如く)
余音嫋嫋(余音嫋嫋として)
不絶如縷(絶えざること縷の如し)
舞幽壑之潜蛟(幽壑の潜蛟を舞はしめ)
泣孤舟之寡婦(孤舟の寡婦を泣かしめ)
蘇子愀然正襟(蘇子愀然として襟を正す)
危坐而問客曰(危坐して客に問いて曰く)
何為其然也(何為れぞ其れ然るやと)

という(http://www.ccv.ne.jp/home/tohou/seki1.htm)。

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「赤壁賦」には,

前赤壁賦と後(こう)赤壁賦,

があり,あわせて「赤壁賦」というが,前赤壁賦のみにも使うらしい。これは,

「政争のため元豊3年都を追われ黄州 (湖北省) に流された作者が,翌々年7月揚子江中の赤壁に遊んだときのありさまを記したもの。同年 10月再び赤壁に遊び続編をつくったので,7月の作を『前赤壁賦』,10月の作を『後赤壁賦』と呼ぶ」

とある(ブリタニカ国際大百科事典)。

「えり」は,

襟,
衿,

と当てる。「襟」(漢音キン,呉音コン)は,

「会意兼形声。『衣+音符禁(ふさぐ)』」

で,「えり」の意だが,

胸元をふさぐところ,衣服で首を囲む部分,

とあり,「衿」(漢音キン,呉音コン)は,

「会意兼形声。『衣+音符今(ふさぐ,とじあわせる)』でね衣類をとじあわせるえりもと」

とあり,「えり」の意だが,

しめひも,衣服を着るときむすぶひも,

とあり,「襟」と「衿」は微妙に違うように思える(漢字源)。

和語「えり」の語源は何か。岩波古語辞典は,

「古くは『くび』または『ころもくび』といった」

とある。古くは,「えり」という名がなかった可能性をうかがわせる。大言海が,

「衣輪(エリン)の略(菊の宴(えん)もきくのえ)。…万葉集『麻衣に,靑衿著』とあるを,契沖師はアヲエリと訓まれたれど,此語さほどふるきものとは思はれず」

とするのも,「えり」という言葉が後のものだと思わせる。「えりん (衣輪) 」とは,貫頭衣 (かんとうい) の,

「 1 枚の布や莚 (むしろ) の中央に穴をあけただけのもので,その穴に首 (頭) を通して着る,その穴のこと」

らしく(https://mobility-8074.at.webry.info/201812/article_17.html),倭人伝に,

「衣を作ること単被の如し。その中央を穿ち、頭を貫きてこれを衣る」

のと同様である。「衣輪」との絡みで,大言海は,「輪(りん)」の項で,車の輪の意の他に,

覆輪(ふくりん)の約,

という意を載せる。

衣服の縁(へり)。別のきれにて縁をとりたるもの,襟(はんえり)なるも,施(ふき)なるも云ふ,

という意味を載せる。これも,「えり」の由来の新しさを思わせる。

日本語源広辞典は,二説挙げる。

説1は,「へり(縁辺)の音韻変化」,ヘリ→エリ,
説2は,「縁の中国音en+iの音韻変化」,エン→エニ→エリ,

しかし大言海の「衣輪」説を考えあわせれば,なにも中国語を考えなくても,

ヘリ→エリ,

で自然ではあるまいか。その他,

ヨリ(縁)の轉(言元梯),
ヘヲリ(重折)の約(菊池俗語考),
エン(縁)の轉(嚶々筆語),

等々も同趣旨である。「えり」が新しいことを考えると,「へり」の転訛もありえるが, 「衣輪」由来というのも捨てがたい。

「首に当たる部分以外でも,今でいう袖口の部分や裾の部分も『へり (縁) 』なわけですから,なぜ,首が当たる部分だけを『へり』と言ったのか,その説明がないと,ちょっと語源説としてもの足りない感じがします。」

という考え(https://mobility-8074.at.webry.info/201812/article_17.html)もあるが,大言海が,「覆輪」を,

衣服の縁(へり)。別のきれにて縁をとりたるもの,襟(はんえり)なるも,施(ふき)なるも云ふ,

としているように,「はんえり」と「施(ふき)」を同じく「覆輪」と呼んでいるのである。「施(ふき)」は,袖口や裾の裏地を表に折り返して,少しのぞくように仕立てるものを指す。襟も袖口も裾も,「覆輪」なのである。我が国は,言葉の使い方はかなりいい加減である。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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