2019年08月29日
あやし
「あやし(い)」は,
怪し,
妖し,
奇し,
賤し,
等々と当てる。意味によって当て分けているだけである。「怪」(漢音カイ,呉音ケ)は,
「会意兼形声。圣は『又(て)+土』からなり,手でまるめた土のかたまりのこと。塊(カイ)と同じ。怪は,それを音符とし,心をそえた字で,まるい頭をして突出した異様な感じを与える物のこと」
とあり(漢字源),「見慣れない姿をしている」「不思議である」「腑に落ちない」「あやしむ」「あやしげなもの」といった意味になる。
「妖」(ヨウ)は,
「会意兼形声。夭(ヨウ)は,細かくからだを曲げた姿。妖は『女+音符夭』で,なまめかしくからだをくねらせた女の姿を示す」
とあり(仝上),「あやし」よりは,夭姿,妖気という,どこか「なまめかしい」語感が強い。
「奇」(漢音キ,呉音ギ)は,
「会意兼形声。可の原字は˥ 印で,くっきりと屈曲したさま。奇は『大(大の字の形に立った立った人)+音符可』で,人のからだが屈曲してかどばり,平均を欠いてめだつさま。また,かたよる意を含む」
とあり(仝上),「あやしい」の意に,めずらしい,常識からかけ離れたという含意が強い。
「賤」(漢音セン,呉音ゼン)は,
「会意兼形声。戔は,戈(ほこ)を二つ重ねた会意文字で,物を刃物で小さくきるの意を表す。殘(残 小さい切れはし)の原字で,少ない,小さいの意を含む。賤は『貝+印符戔』で,財貨が少ないこと」
とあり(仝上),やすい,みすぼらしい意で,「あやし」の意味も,身分が低く,みすぼらしい意である。
「あやし」は,
「不思議なものに対して,心をひかれ,思わず感嘆の声を立てたという気持ちを言うのが原義」
とあり(広辞苑),
霊妙である,神秘的である。根普通でなくひきつけられる,
↓
不思議である,
↓
常と異なる,めずらしい,
↓
いぶかしい,疑わしい,変だ,
↓
見慣れない,物珍しい,
↓
異常だ,程度が甚だしい,
↓
あるべきでない,けしからん,
↓
不安だ,気懸りだ,
↓
確実かどうかはっきりしない,
↓
ただならぬ様子だ,悪くなりそうな状況だ,
↓
(貴人・都人からみて,不思議な,或可きでもない姿をしている意)賤しい,
↓
みすぼらしい,粗末である,
↓
見苦しい,
等々といった意味の広がりかと思われる。「賤し」とあてる「あやし」だけは,同じ価値表現でも少し意味が乖離しているが,
「本来は、異様な物事や正体のわからないものに対する驚異・畏敬の気持ちを表したが、転じて、(珍しいの)普通でないの意ともなった。また、もともと善悪にかかわらず用いられたが、身分の高い人は、異様なもの、正体不明のものに対して否定的感情を持ったところから、(とがめられるべきだ,けしからぬ、粗末だ、見苦しい)のようなマイナスの意が生じた。近世以降は、(確実かどうかはっきりしない,ただならぬ様子だ,悪くなりそうな状況だと)物事を否定的に予想する」
とあり(大辞林),「(賤し)と当てる「あやし」には,
身分が低い,卑しい,
みすぼらしい,みっともない。見苦しい,
の意味は,
霊妙→不思議→珍しい,
といった意味の流れとは別系統に見える。しかし,
神秘的である→あやしい,
と
珍しい→あやしい,
と
見慣れない→あやしい,
と,
みすぼらしい→あやしい,
とはほぼ見る側からの驚きという意味では平行に思える。岩波古語辞典に,
「感動詞アヤを形容詞化した語か。自分の解釈し得ず,不思議と感じる異様なものに心惹かれて,アヤと声を立てたい気持ちを言うのが原義。類義語クスシは,不思議に思うことを畏敬する気持ちを言う」
とあり,「あや」は,
「感嘆詞アとヤとの複合」
とし,大言海が,
「感動詞の嗟嘆(アヤ)を活用せしめたる語」
とする感嘆詞であるが,
「古事記にある神の名『阿夜訶志古泥(あやかしこね)』のアヤもこれにあたる」
とあり,前に触れた「あやかし」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/469248998.html?1566932460)とつながることを感じさせる。「あやしい」と「うたがわしい」を比較して,
「『怪しい』は、何であるか、どうであるかがはっきりせず、不気味であったり、信用できなかったりという、受け取り手の気持ちを表す。『疑わしい』は何らかの根拠があって、確かではない、疑わざるをえないという判断を示す。『明日は晴れるかどうか怪しい』は、はっきりしない空模様から、晴れるということに対して信用できない気持ちを表す。この場合、『疑わしい』といえば、現在の天候や天気図から、明日は晴れそうもないと判断したことになる。『怪しい人影』『雲行きが怪しい』などの『怪しい』は、『疑わしい』で置き換えることはできない。『疑わしきは罰せず』は『あやしき』で置き換えることができない。」
という説明がなされている(デジタル大辞泉)。あくまで,「あやしい」は,主観的な感情にすぎないということである。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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