「狐と狸の化かし合い」
という言葉があるほど,だますものの双璧だが,不思議なことに,手元の鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』には,「狐火」はあるが,「狐」は載せない。しかし,「狸」は,載っている。
(鳥山石燕「画図百鬼夜行」より「狸」 https://mag.japaaan.com/archives/36411/sekientanuki)
狸は,
「狐と並んで人を化かすといわれるが,その方法は狐に比べて単純で,あまり恐ろしくない。その信仰も,狐に対するほど強くはない」
とされる(日本昔話事典)が,狐は,
「早くから稲荷の使いと信じられてきた。比較的人里に近い山林に棲み,生殖や採餌の行動が季節によって特異な点があることから,農民には農耕神の示現を意味するとも考えられていたらしい」
とある(仝上)。古代の信仰では,
「山はそれ自体が山神であって、山神から派生する古木も石も獣(キツネ)もまた神であるという思想が基としてあると言われている」
ともある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%84%E3%83%8D)。それかあらぬか,日本の狩猟時代の考古学的資料によると,
「キツネの犬歯に穴を開けて首にかけた、約5500年前の装飾品[29]やキツネの下顎骨に穴を開け、彩色された護符のような、縄文前期の(網走市大洞穴遺跡)ペンダントが発掘されている。しかし、福井県などでは、キツネの生息域でありながら、貝塚の中に様々な獣骨が見つかる中でキツネだけが全く出てこない」
とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%84%E3%83%8D),どうやら狐は特別な存在だったらしいのである。
「稲作には、穀物を食するネズミや、田の土手に穴を開けて水を抜くハタネズミが与える被害がつきまとう。稲作が始まってから江戸時代までの間に、日本人はキツネがネズミの天敵であることに注目し、キツネの尿のついた石にネズミに対する忌避効果がある事に気づき、田の付近に祠を設置して、油揚げ等で餌付けすることで、忌避効果を持続させる摂理があることを経験から学んで、信仰と共にキツネを大切にする文化を獲得した」
らしく,
「キツネは大衆に憎まれる存在とはならなかった。江戸時代に入り商業が発達するにつれて、稲荷神は豊作と商売繁盛の神としてもてはやされるようになり、民間信仰の対象として伏見のキツネの土偶を神棚に祭る風習が産まれた」
いのである(仝上)。その狐に対する信仰が,変化衰退して,
「その変怪神通力も化ける,化かすなどと受け止められるようになった」
とあり(日本昔話事典),狸の妖異とは,どうやら由来を異にするらしい。
(鳥山石燕「百器徒然袋」より「絹狸」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%B9%E7%8B%B8より)
狸にも,狐に似た,
狸憑き,
というのがあったらしい。
狸の霊が人に憑依すること,
だが,
「狐の場合に比して,いささかユーモラスで,大きんだまの話とか,大名行列をまねたなどというのが目立っている。しかし,文福茶釜の話にみられるように,文福茶釜に化ける,美しい娘に化けて女郎屋に身売りする,馬に化けるというように,繰り返して化けるのが狐であるのに対して,茶釜に化けて和尚に売られ,釜の尻をごしごしやられ,火に掛けられると熱いので尻尾を出して逃げ出す」
のは、狸なのである(日本昔話事典)。だから,狸に憑かれると,
「むやみと食物を請求して大食する。当人は腹ばかり膨れるが,身体は衰弱してついに命を落とす」
ということになる(仝上)が,狐の場合,
「キツネの霊に取り憑かれたと言われる人の精神の錯乱した状態であり、臨床人狼病(英語版)の症状の一種である」
とされ(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%90%E6%86%91%E3%81%8D),今昔物語に,
「物託(ものつき)の女、物託つて云く、己は狐也、祟をなして来れるに非ず、ただ此所には自ら食物散らふものぞかしと思ひて指臨き侍るを以て被二召籠一て侍るなり」
とあるのが最古の例とされる(仝上)。憑く狐は,キツネ以外に,
イズナ(東北地方,関東の一部),
オオサキバツネ(関東地方),
クダギツネ(中部地方),
トウビョウギツネ(東中国地方),
ヒトギツネ(山陰地方),
等々と呼び,
「特定の家に付属していると信じられて」
いた(日本昔話事典)ので,
「キツネが守護霊のように家系に伝わっている場合もあり、(中略)これらの家はキツネを使って富を得ることができるが、婚姻によって家系が増えるといわれたため、婚姻が忌まれた」
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%90%E6%86%91%E3%81%8D)が,これらのほか,
稲荷下げ,
などといって、修験者や巫者がキツネを神の使いの一種とみなし、修法や託宣を行うといった形式での狐憑きもある,という(仝上)。これは,
「キツネを稲荷神やその使いとみなす稲荷信仰(中略)を背景として狐憑きの習俗が成立した」
という例証とみなされる。
(法橋玉山画『玉山画譜』にある「狐憑き」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%90%E6%86%91%E3%81%8Dより)
信仰という背景のせいか,狐を使って靈をとりつかせる,
狐使い,
等々があるのが狐の特徴で,狸の場合,その化かし方は,
「大きな音を立て,あかるい火をともし,細かな砂をまき,小さな石をなげるばかりでなく,土地によっては,婚礼や葬式に倣い,芝居や汽車をまねた」
とどこか大らかなところがあるが,それは江戸時代以降のことらしい。
「江戸時代になって、民俗イメージの中のタヌキは腹がふくれ、大きな陰嚢をもつようになり、やがて『腹鼓(はらつづみ)』まで打つようになったが、鎌倉・室町時代の説話に登場するタヌキには、ときに人を食うこともあるおどろおどろしい化け物としてのイメージが強い(御伽草子の「かちかち山」前半の凶悪なタヌキは、おばあさんを騙して殺し、さらにおじいさんを騙して「婆汁」を食わせる)」
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%8C%E3%82%AD)。信仰の対象にはならなかったわけである。
「きつね」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/433049053.html)
「たぬき」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/469925330.html?1567890099)
については,それぞれ,既に触れた。
参考文献;
鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』(角川ソフィア文庫)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:狐と狸