大岡昇平他編『方法の実験(全集現代文学の発見第2巻)』を読む。
本書は、
現代文学の発見,
と題された全16巻の一冊としてまとめられたものだ。この全集は過去の文学作品を発掘・位置づけ直し,テーマごとに作品を配置するという意欲的なアンソロジーになっている。本書は、
方法の実験,
と題された「方法」を自覚した実験作を収録している。収録されているのは、
内田百閒『冥途』『旅順入城式』
佐藤春夫『F・O・U』
横光利一『蠅』『静かなる羅列』『時間』
川端康成『水晶幻想』
萩原朔太郎『猫町』
牧野信一『ゼーロン』
堀辰雄『ルウヴェンスの偽画』
中野重治『空想家とシナリオ』
伊藤整『幽鬼の街』
石川淳『鷹』
埴谷雄高『虚空』
神西清『月見座頭』
安部公房『赤い繭』
福永武彦『飛ぶ男』
井上光晴『地の群れ』
花田清輝『大秘事(「小説平家」より)』
である。僕は文学史に博識ではないので、この選集上梓以後五十年の間に、他にどんな「方法の実験」に値する作家が入るのか、わからないが、私見では、これに、
古井由吉『眉雨』
中上健次『奇蹟』
は確実に入ると思われる。
本書の中で、注目すべきことは、
実験、
ではない。実験は、実験であって、いわば、
習作、
に過ぎない。実験は作品ではない。その意味で横光以下、ほとんどは、
実験、
の域を出ない。実験そのものが、方法として確立し、その方法で自覚的に、
作品世界、
を構築し、その上で、作品としての評価に耐えうるのは、ぼくは、
石川淳『鷹』
井上光晴『地の群れ』
花田清輝『大秘事(「小説平家」より)』
であると思う。埴谷雄高『虚空』、安部公房『赤い繭』も挙げたいが、埴谷雄高『は虚空』よりは、やはり『死霊』だろう。安部公房は『赤い繭』より他に採るべき作品(例えば『壁』)があるように思える。
ぼくは、小説とは、
何を書くか、
ではなく、
どう書くか、
がテーマであるべきだと思っている。その時、方法は、
主題、
である、と思う。そのことを、伊藤整は、芥川龍之介に擬した塵川辰之介に、
「『何を書くか』ではないのですよ。…如何に美しく書くか、ですよ。」
と語らせている。プロレタリア文学の脅威に立ち向かっている芥川にとって、それは伸るか反るかの一大事であった。しかし、芥川は、「何を書くか」主義の潮流に抗えず、自刃した。今日もなお、
何を書くか、
という主題主義は、巨大な壁である。石川淳は、
「森鴎外」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/456849243.html)
で触れたように、『澀江抽斎』は、
「小説家鷗外が切りひらいたのは文学の血路である」
と言い切っている。それは,
「出来上がったものは史伝でも物語でもなく,抽斎という人物がいる世界像で,初めにわくわくしたはずの当の作者の自意識など影も見えない。当時の批評がめんくらって,勝手がちがうと憤慨したのも無理はない。作品は校勘学の実演のようでもあり新講談のようでもあるが,さっぱりおもしろくもないしろもので,作者の料簡も同様にえたいが知れないと,世評が内内気にしながら匙を投げていたものが,じつは古今一流の大文章であったとは,文学の高尚なる論理である。」
「『抽斎』『蘭軒』『霞亭』はふつう史伝と見られている。そう見られるわけは単にこれらの作品を組み立てている材料が過去の実在人物の事蹟に係るというだけのことであろう。いかにも史伝ではある。だが,文章のうまい史伝なるがゆえに,ひとはこれに感動するのではない。作品の世界を自立させているところの一貫した努力がひとを打つのみである。」
と。この小説は、
メタ小説(http://ppnetwork.seesaa.net/article/457109903.html)、
で触れたように、
書くことを書く,
を方法とした、
メタ小説、
である。それは、
「作者はまず筆を取って,小説とはどうして書くものかと考え,そう考えたことを書くことからはじめている。ということは,頭脳を既成の小説概念から清潔に洗っていることである。(中略)前もってたくらんでいたらしいものはなに一つ持ちこまない。…味もそっけも無いようなはなしである。…しかし『追儺』は小説というものの,小説はどうして書くかということの,単純な見本である。これが鷗外四十八歳にして初めて書いた小説である。」
石川淳の評した短編『追儺』の方法意識で、
書くとはどういうことかを書きながら,書いていったのである。本巻に、
澀江抽斎、
をこそ、納めるべきであった。
参考文献;
大岡昇平他編『方法の実験(全集現代文学の発見第2巻)』(學藝出版)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:方法の実験