2019年11月16日

しぎ


「しぎ」は、

鴫、
鷸、

と当てる。「鴫」は、国字。「鷸」(漢音イツ、呉音イチ)は、

「会意兼形声。矞(イツ)は、すばやく避けるとの意を含む。鷸はそれを音符とし、鳥を加えた」

とあり、「しぎ」の意だが、「カワセミ」の意も持つ。

鷸蚌(いつぼう)之争、

という諺がある。鷸(しぎ)と蚌(はまぐり)が、くちばしと貝殻を互いに挟みあって争っているうちに、両方共漁師につかまった、という喩えである。戦国策に、

「趙且伐燕、蘇代為燕、謂恵王曰今日臣来過易水、蚌方出暴、而鷸喙其肉、蚌合而箝喙、鷸曰、今日不雨、明日不雨、即有死蚌、蚌亦謂鷸曰、今日不出、明日不出、即有死鷸、両者不肯相捨、漁者得而幷擒之、今趙且伐燕、燕趙久相支以敝大衆、臣恐強秦之為漁父也、恵王曰、善、乃止」

とある。漁夫の利である。

鷸蚌之弊(ついえ)、

ともいう。「しぎ」に関しては、

鴫の看経(かんきん)、
鴫の羽搔(はがき)、

等々という言い回しや、

鴫の羽返(はがえし)、

といった舞の手、さらに剣術・相撲の手の言い回しに使われている。

ヤマシギ.jpg



「しぎ」は、シギはシギ科に属する鳥の総称で我国では50種類以上もみられるそうだが、代表的には、イソシギ・タマシギ・アオアシシギ・アカアシシギ・ヤマシギなど、日本には旅鳥として渡来し、ふつう河原・海岸の干潟(ひがた)や河口に群棲する。古事記で、

「宇陀の 高城に 志藝(シギ)わな張る 我が待つや 志藝(シギ)は障らず いすくはし 鯨障る」

と歌われるほど馴染みの鳥で、食用にした。田にいるシギの飛び立つ羽音を詠むこともあるが、

「しぎの羽根掻き」を踏まえて、女の閨怨の譬えに多く用いる、

とある(精選版 日本国語大辞典)。「鴫の羽掻(はがき)」とは、

「鴫がしばしば嘴で羽をしごくことから、物事の回数の多いことのたとえ」

の意で使われる。大伴家持に、

「春まけて もの悲しきに さ夜ふけて 羽振(はぶ)き鳴く鴫 誰(た)が田にか棲む」

の歌があり、西行に、

「心なき 身にもあはれは しられけり 鴫立つ沢の 秋の夕暮れ」

という歌があるが、飛び立つ姿を詠むようになるのは、源兼昌の、

「我門の おくてのひたに おどろきて むろのかり田に 鴫ぞ立つなる」

以降だそうだが、歌では「鴫」の鳴き声を詠むことは稀である(仝上)、という。飛び立つ時には「ジェー」というしわがれた声を出すせいかもしれないhttps://manyuraku.exblog.jp/10705489/

さて、「しぎ」の語源だが、大言海は、

「繁(シゲ)の転、羽音の繁き意と云ふ。字は、和名抄に、一云、田鳥(たどり)とある。合字なり」

とある。田に居るから、田と鳥を付けた作字、ということらしい。しかし、ヤマシギも、イソシギいるのだが。確かに、和名抄は、「しぎ」を、

「之木、一云田鳥、野鳥也」

とあるが。日本語源広辞典も、

シゲ、羽音が繁々し(回数が多い)、

を採っている。他には、

羽をシゴクところから、シゴキの転か(名言通)、
ハシナガキ(嘴長)の義(和句解)、
サビシキの略(滑稽雑誌所引和訓義解)、

がある。

鴫の羽搔(はがき)、

という言い回しは、羽のしごきの多さからきている。それが「しぎ」の特徴とするなら、

しごく→しごき→しぎ、

もあるのではないか。

鴫の看経(かんきん)、

は、

鴫がじっと立っている姿を経を読んでいる様(さま)に見立てたものだが、寂しさの含意がなくもないが、一茶に、

「立鴫とさし向かいたる仏哉」

という句があるらしいhttps://manyuraku.exblog.jp/10705489/ので、ちょっと違うかも。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
https://manyuraku.exblog.jp/10705489/

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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