2019年12月02日
雉も鳴かずば
「きじ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/459827203.html)については、触れたことがあるが、少し補足的に追加しておきたい。
「雉」(漢音チ、呉音ジ)は、
「会意兼形声。『隹+音符矢(シ・チ)』で、真っすぐ矢のように飛ぶ鳥の意。転じて、真っすぐな直線をはかる単位に用いる」
とある(漢字源)。
「矢は直線状に数十mとんで、地に落ちる。つまり雉とは『矢のように飛ぶ鳥』という意味である。特に雄キジの飛び方をよく表している」
とある(http://yachohabataki2.sakura.ne.jp/torinokotowaza%20kiji.htm)。
「繁殖期のオスは赤い肉腫が肥大し、縄張り争いのために赤いものに対して攻撃的になり、『ケーン』と大声で鳴き縄張り宣言をする。その後両翼を広げて胴体に打ちつけてブルブル羽音を立てる動作が、『母衣打ち(ほろうち)』と呼ばれる。メスは『チョッチョッ』と鳴く」
ともある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%82%B8)。
「きじ」は、
日本の国鳥、
であるが、国内の多くの自治体で「市町村の鳥」に指定されているにも関わらず、国鳥が狩猟対象となっているのは、世界でも珍しい例、とされる。
「日本のキジは毎年、愛鳥週間や狩猟期間前などの時期に大量に放鳥される。2004年(平成16年)度には全国で約10万羽が放鳥され、約半数が鳥獣保護区・休猟区へ、残る半数が可猟区域に放たれている。(中略)放鳥キジには足環が付いており、狩猟で捕獲された場合は報告する仕組みになっているが、捕獲報告は各都道府県ともに数羽程度で、一般的に養殖キジのほとんどが動物やワシ類などに捕食されていると考えられている。」
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%82%B8)。
「『記紀』において天津神が天若日子(あめのわかひこ)のもとへ雉を遣わしたように、古くから神の死者とみなされていたらしく、『名言わずの鳥』という忌詞があり、特に白雉は吉兆あるものとされた」
とある(日本昔話事典)と同時に、味が美味なために、食用としても重用され、平安時代、
「宮中では、炭火で焼いた雉肉を燗酒に入れた『雉酒』を祝い酒としてふるまう習慣もあった」
とされる。「雉焼」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/471882162.html?1575144670)で触れたように、「雉酒」は、
「雉の肉の鹽焼に、熱燗の酒を注ぎたるもの。元旦の供御に奉る」(大言海)
が、「雉焼」の略である「雉焼豆腐」は、
「豆腐を二寸四方、厚さ五六分に切りて焼き、薄醤油にて味を付け、酒を沸して注けたるもの。酒のみ飲みて、豆腐は食はすものと云ふ」(大言海)
のは、この「雉酒」の名残のようである。「きじ」は歌にも登場し、
春の野にあさる雉(きぎし)の妻恋ひにおのがあたりを人にしれつつ(大伴家持)
武蔵野のをぐきが雉(きぎし)立ち別れ去(い)にし宵より背(せ)ろに逢はなふよ(不明)
春の野のしげき草葉の妻恋にとびたつ雉子のほろほろとなく (平貞文)
等々と歌われる。
和語「きじ」は、すでに触れたように
古名きぎしの転、
である(岩波古語辞典)。古名には、
キギス、
もあるが、
「古名には『キギス』もあるが、『キジ』よりも新しく、『キギシ』の方が古い」
ようだ(語源由来辞典)。「きぎ」は、おそらく、
鳴き声、
から来た擬音語で(岩波古語辞典・語源由来辞典)、「キギシ」「キギス」の「シ」「ス」は、「カラス」「ウグイス」「ホトトギス」でなじみの、鳥を表す接尾語である。
「キギは鳴く聲。キキン,今はケンケンと云ふ。シはスと通ず。鳥に添ふる一種の音。…キギシのキギスと轉じ(夷(えみじ),エビス),今は約めてキジとなる」(大言海)
「万葉東歌,記紀歌謡の仮名表記には『きぎし』とあり,古くは多く『きぎし』と呼ばれていたが,『古今六条』には『きじ』が六首,『きぎす』が二首見られる。後者は共に万葉の歌だが,『きぎし』から『きぎす』に移行した時期は不明」(日本語源大辞典)
ということのようだ。
「雉」は、馴染みの鳥でもあるが、神の使者でもあり、桃太郎に雉が登場するのも、そんな由来からのようである(日本昔話事典)が、そのせいか、雉にまつわる諺は多い。
朝雉が鳴くは晴れ、夜鳴くは地震の兆(きざし)、
雉が三声つづけて三度叫ぶと地震あり、
雉、鶏が不時に鳴けば地震あり
と地震予知に関するものもあるが、
雉の草隠れ、
焼け野の雉子、夜の鶴、
多勢に無勢、雉と鷹、
雉子(きぎし)の頻使い、
と雉にからむ諺は少なくない(たとえば、http://yachohabataki2.sakura.ne.jp/torinokotowaza%20kiji.htm、故事ことわざの辞典)。しかし、
ものいわじ 父は長柄の人柱 鳴かずば雉も 射たれざらまし、
の歌に由来する、
キジも鳴かずば射たれまい、
の諺ほど有名なものはあるまい。「長柄(ながら)の人柱」という伝説に由来する。
「むかし長柄橋を架設するとき、工事が難渋して困惑しきった橋奉行らが、雉の鳴声を聞きながら相談していると、一人の男が妻と2、3歳の子供を連れて通りかかり、材木に腰掛けて休息しながら、『袴の綻びを白布でつづった人をこの橋の人柱にしたらうまくいくだろう』とふとつぶやいた。ところがその男自身の袴がそのとおりだったため、たちまち男は橋奉行らに捕らえられて人柱にされてしまった。それを悲しんだ妻は『ものいへば父はながらの橋柱 なかずば雉もとらえざらまし』という歌を残して淀川に身を投じてしまった。」(神道集)
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E6%9F%84%E6%A9%8B)が、異説も多く、室町時代の『康富記』には、長柄橋に、子を負った女の人柱を立てた伝、男の人柱を立てたと伝える猿楽のある旨が記されている(日本伝奇伝説大辞典)。また、元禄年間の地誌『摂陽群談』に、
「西成郡垂水村の長者岩氏が人柱になったとある。岩氏には光照と呼ばれるほど美貌の娘がいたが、唖のように言葉を発することなく成長した。嫁いでもものをいうことがなく、実家に送り帰されることになった。その道中、夫が雉を射るのを見てはじめて声を発し、『物言じ父は長柄の橋柱鳴かずば雉子も射られざらまし』と吟じた。後に出家、自ら不言尼と称して父の後世を弔った」
とある(仝上)。また、あるいは、
「昔、摂津の長柄川で橋を架ける工事が行われたが、幾度、架けても流されるので、人柱を立てようということになった。そのとき、長柄の里の長者が『袴につづれのある者を人柱に立てよう』いった。ところが、袴につづれのあったのは言い出した長者自身だった。
里人たちは、有無を言わせず、長者を捕らえて、長者を人柱にし、橋が出来上がった。長者には河内に嫁いだ娘がいたが、その娘は、この話を聞いて一言も口をきかなくなった。愛想をつかした夫は、摂津まで送り返そうと連れだって家を出て、交野まで来たとき、草むらで、『ケン ケン』とキジが鳴いた。夫は弓矢で射ろうとすると、娘は、懸命に止めた。夫は、いぶかしそうにしていると、娘は、口を開き、こんな歌を詠んだ。『ものいはじ 父は長柄の人柱 鳴かずば雉も 射られざらまし』。夫は心をうたれ、娘にわび、二人で河内にもどり、仲良く暮らしたという。」
という話もある(http://yachohabataki2.sakura.ne.jp/torinokotowaza%20kiji.htm)。
長柄橋は、
「嵯峨天皇の御時、弘仁三年夏六月再び長柄橋を造らしむ、人柱は此時なり(1798(寛政10)/秋里籬島/攝津名所圖會)(なお推古天皇の21年架橋との説もある。)」
と(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E6%9F%84%E6%A9%8B)、長柄橋の名は、古代より存在した。現在の橋は、大阪市大淀区と東淀川区との間にかかっているが、往古は、現在の大阪市淀川区東三国付近と吹田市付近とを結んでいたとされている、が、正確な場所についてははっきりしない(仝上)。攝津名所圖會(寛政年間)には、
「此橋の旧跡古来よりさだかならず、何れの世に架初めて、何れの世に朽壊れけん、これ又文明ならず、橋杭と称する朽木所々にあり、今田畑より掘出す事もあり、其所一挙ならず」
とある(日本伝奇伝説大辞典)。にもかかわらず、摂関時代以後の中世に、この存在しない橋が貴族たちの間で「天下第一の名橋」と称され、歌や文学作品に多数取り上げられることとなった(仝上)。
ながら、ふる、朽つなどの意味を引く句として、
わればかり長柄の橋は朽ちにけり なにはの事もふるが悲しき(赤染衛門)
君が代に今もつくらば津の国の ながらの橋や千度わたらん(藤原家隆)
等々(仝上)、多くの歌人に詠まれたが、
時代が下がるにつれて、跡や跡なしに用いられるにいたる(仝上)。
参考文献;
稲田浩二他編『日本昔話事典』(弘文堂)
乾克己他編『日本伝奇伝説大辞典』(角川書店)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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