「萱草」は、
かんぞう(くわんざう)、
かぞう、
けんぞう、
とも訓むが、
わすれぐさ、
とも訓ませる。
立原道造の『萱草に寄す』は、そう訓ませる。
夢は そのさきには もうゆかない
なにもかも 忘れ果てようとおもひ
忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには
夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう
そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう(のちのおもひに)
「萱草」は、
ユリ科ワスレグサ属植物の総称、
「日当たりのよい、やや湿った地に生える。葉は二列に叢生し、広線形。夏、花茎を出し、紅・橙だいだい・黄色のユリに似た花を数輪開く。若葉は食用になる。日本に自生する種にノカンゾウ・ヤブカンゾウ・キスゲ・ニッコウキスゲなどがある」
と(大辞林)、とある。
花を一日だけ開く、
ために、
忘れ草、
と呼ばれるらしい。萱草の「古名」である(大言海)。で、
諼草、
とも当てる。和名抄に、
「萱草、一名、忘憂、和須禮久佐、俗云、如環藻二音」
とある。
「忘れ草」は、
ヤブカンゾウの別称、
ともある。
身に着けると物思いを忘れるという、
ともある(広辞苑)。
忘れ草我が下紐に付けたれど醜(しこ)の醜草(しこぐさ)言(こと)にしありけり(万葉集 大伴家持)
という歌がある。忘れようと、身に着けてみたけれど、言葉だけか、と嘆いている。従妹で将来の妻、坂上大嬢(さかのうえのおおいらつめ)に贈った歌、とある。これは、
「万葉集に『萱草(わすれぐさ)吾が紐に付く香具山の古(ふ)りにし里を忘れむがため(大伴旅人)』とあり、昔、萱草を着物の下紐につけておくと、苦しみや悲しみを一切忘れてしまうという俗信があった。『今昔物語』には、父親に死なれた悲しみを忘れるために萱草を植える兄と、親を慕う気持ちを忘れないようにと柴苑を植える弟の説話がみえる」
ということに由来する(日本語源大辞典)。
ちなみに、「紫苑」(しおん)は、
「漢名の紫苑の音読みから名前が付けられており、ジュウゴヤソウの別名もある。花言葉は『君の事を忘れない』・『遠方にある人を思う』。」
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%82%AA%E3%83%B3_(%E6%A4%8D%E7%89%A9))。
大言海には、「忘れ草」は、
「詩経、衞風、伯兮篇、集傳『諼草(けんそう)、食之令人忘憂』とあるを、文字読に因りて作れる語ならむ」
とある。「諼草」を、「わすれぐさ」と訓ませたということらしい。日本語源大辞典には、
「中国では、この花を見て憂いを忘れるという故事があることから(牧野新日本植物図鑑)」
とある。
ところで、「わすれなぐさ」は、
勿忘草、
忘れな草、
と当てるが、ムラサキ科ワスレナグサ属の別種。
「わすれなぐさ」は、
英名forget-me-not、
独名das Vergißmeinnicht、
の訳語(園芸植物名の由来=中村浩)。ただ、
「牧野富太郎は『「私を忘るなよ」の意味であるからワスルナグサと呼ぶ方がよい』と主張している」
由である(日本語源大辞典)。
参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:萱草