「雁」は、
カリ、
と訓ませて、和語である。
ガン、
と訓ませると、漢音である。
鴈、
とも当て、略して
厂、
とも書す(大言海)、とある。
「上代には『カリ』と呼ばれていたが、室町時代頃から『ガン』が現れた。次第に一般名として扱われるようになり、現代では『ガン』が正式名、『カリ』が異名という扱いをされるようになった」
とある(語源由来辞典)。実際、「雁」は、
「カモ目カモ科ガン亜科の水鳥のうち、カモより大きくハクチョウより小さい一群の総称」
とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%81)、日本ではマガン、カリガネ、ヒシクイなどが生息している(仝上)。
ヒシクイ(菱喰)は、鳥綱カモ目カモ科マガン属に分類され、
カリガネ(雁金)は、鳥綱カモ目カモ科マガン属に分類され、
マガン(真雁)は、鳥綱カモ目カモ科マガン属に分類される。
「雁」(漢音ガン、呉音ゲン)は、
「会意兼形声。厂(ガン)は、かぎ形、直角になったことをあらわす。雁は『隹(とり)+音符厂』。きちんと直角に並んで飛ぶ鳥で、規則正しいことから、人間の礼物に用いられる」
とある(漢字源)。雁行という言葉があるように、カギ型の列を組んで飛ぶ。
古くは、「かり」と訓んでいたが、これは、
「カは、鳴く声、リは添えたる辞」
とある(大言海)。さらに、接尾「り」について、
「ラ、レ、ロに通ず。語の末につけて云ふ助辞」
としている。同類として、「からす(鴉)」は、
「カは鳴く声、ラは添えたる語、」
とし(「からす」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/459343657.html)で触れたように、必ずしも鳴き声説ではないが)、「けり(鳧)」もまた、鳴き声+「ら」とする(大言海)。で、
「万葉集『すばたまの 夜渡る雁は おぼほしく 幾夜を歴てか 己が名を告(の)る』、風俗歌、彼乃行(かのゆく)『彼の行くば、加利か鵠(くぐひ)か、加利ならば、名告(なのり)ぞせまし』、後撰集…雁『ゆきかへり、ここもかしこも旅なれや、來る秋ごとに、かりかりと鳴く』」
と、鳴き声とする例を挙げる。「かり」の異名、
かりがね、
は、
雁之音(ね)の義、音(ね)は声なり、
とするように、「かりがね」は、鳴き声から採られている。それが転じて、
雁の異名、
となっている。だから、
「雁の声は寂しいもの。聞くと悲しく感じるものと考えられた。『かりがね』が後に雁の異名となったのは、鳴き声が雁を象徴するほど特徴があるものだったからであろう」
ということになる(日本語源大辞典)。実際、大言海以外、岩波古語辞典も採り、
カリカリと鳴く声から(滑稽雑誌所引和訓義解・可成三註・風俗歌考・類聚名物考・雅語音声考・擁書漫筆・俚言集覧・言元梯・名言通・松屋筆記・和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子・国語溯原=大矢徹)、
と多くが、声説である。しかし、日本語源広辞典は、
中国語「雁」(ガン、カン)が、kanがkariに変化、
とするし、
ガンの転呼(日本古語大辞典=松岡静雄・日本語の発想=白石大二)、
と、「ガンの転訛」とする説がある(日本語源大辞典)。そのほか、
カヘリの中略。春は北へ帰るところから(日本釈名・東雅・柴門和語類集・本朝辞源=宇田甘冥)、
秋来て春帰るので、仮に宿ることからカリ(仮)の義(和句解)、
カは水に棲む鳥を呼ぶ語(東雅)
軽く飛ぶということからカロシ(軽)の意か(万葉代匠記・円珠庵雑記)、
等々「かり」という音に合わせてたてられた説もある。しかし、
「『かへり』の説は上略や下略ではなく中略で、鳴き声の説に比べると説得力に欠け、『カ』を水に棲む鳥とするせつはカリの『り』について触れていない。『ガン』の転呼とする説も上代に『雁』を『ガン』と訓んだ例はなく、『カリ』が一般的であったことが考慮されていないことから、鳴き声の説が妥当と考えられる」
というところ(語源由来辞典)が妥当なのではあるまいか。また、「ガン」の転訛も、
「上代には『カリ』と呼ばれていたが、室町時代頃から『ガン』が現れた。次第に一般名として扱われるようになり、現代では『ガン』が正式名、『カリ』が異名という扱いをされるようになった」
ということ(仝上)から、
ガン→カリ→ガン、
では不自然である。「ガン」という訓み方が広まったのは、
「語勢を強くするために漢語『雁』の勢力が増したとする説と、鳴き声からとする説があるが、漢語『雁』の説が有力とされる。ただし、『カリ』の語源はカリガネの鳴き声に由来し、そのカリガネが減少し、『ガンガン』と鳴くマガンやヒシクイの増加によって、和語内でガンの鳴き声を受けたとの見方もある」
とある(仝上)。「ガン」も鳴き声に由来するとするのは、
「声ならむ。朝鮮語に、キロオギと云ふ」
とする大言海がある。「カリ」が鳴き声なら、「ガン」も鳴き声から由来したと見た方がいいように思える。
マガンの鳴き声(https://www.suntory.co.jp/eco/birds/encyclopedia/detail/1491.html)、
を聞いても、正直はっきりわからない。ただし、
「万葉集では60余首と多く詠まれているが、数多くの群れで生活し、その鳴き声や飛ぶ姿(雁行)に特徴があり、よく目立つところから、身近な鳥として見られていたのだろう。(中略)かりがねと詠っているのが多いが、これは今のカリガネではなく、雁の鳴き声のことを言っているようだ」
とある(http://okamoto-n.sakura.ne.jp/manyohkatyoh/tori/magan/magan.html)し、
「日本ではガンは古くから狩猟の対象とされ、食用として賞味されるほか、文学作品のなかにも多く現れて親しまれているが、雁(がん)とあるのはかならずしも限られた鳥の名称ではなく、鴨(かも)類としての総括的な名称であったらしい。「かり」とも「かりがね」ともよぶが、これは空を渡る際の声が印象的であったことから、「雁(かり)が音」が転じて雁そのものの名称になったと思われる」
ともある(日本大百科全書)ので、「そのカリガネが減少し、『ガンガン』と鳴くマガンやヒシクイの増加によって、和語内でガンの鳴き声を受けたとの見方もある」というのは、穿ちすぎかもしれない。
(伊藤若冲『芦雁図』 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%81より)
参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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