2020年02月02日
あじけない
「あじけない」は、
味気ない、
と当てるが、
味気、
は当て字である。今日は、
味気ない世の中、
味気ない仕事、
というように、
面白くない、
つまらない、
という意味で使うが、「あじけない」は、もともと、
あぢきない、
あぢきなし、
と表記した。岩波古語辞典には、
アヅキナシの転。漢文の「無道」「無状」の訓にあてられ、秩序にはずれてひどい状態が原義。他人の行為を規範にはずれていると批判したり、相手に道理を説いてたしなめたりする意。間投詞的にも使う。また、自分自身の行動や心の動きが常軌を逸しているのに自分で規制できないことを自嘲したり、男女関係の不調について失望・絶望の気持ちを表す、
とある。
人の行為が倫理を逸脱して、どうにもならないほどひどい、無礼である(日本書紀「素戔嗚尊の為行(ふるまひ)甚だ無状(あぢきな)し」)
↓
おろかしくひどい、しかしどうにもならない(三宝絵「碁はこれ日を送る戯なれど勝ち負けのいとなみの無端(あぢきな)し」)
↓
(間投詞的に)なんとおっしゃる、いけません、とんでもない(「源氏物語あぢけなし。(姫君を)見奉らざらんことは胸痛かりぬべけれど、つひにこの御ため、よかるべからざらんことをこそ思はめ」)、
↓
自分あるいは相手の対手の行為が常識に外れているので、苦々しい、なさけない(一条摂政集「あぢけなや戀てふ山は茂くとも人の入るにや我がまどふべき」)、
↓
(運命的なものとして)苦しいがどうにもできない、仕方がない(かげろふ日記「すべて世にふることかひなくて゜あぢけなきここち、いとする頃なり」)
↓
(漢文訓読の用法から副詞的に)思いがけず、わけもなく(源氏物語「あぢけなく見奉るわが顔にも移りくるやうに愛敬はにほひ散りて」)、
といった意味の転換がある(岩波古語辞典)。価値表現の中に、次第に対象から自分の感情表現に転じていくさまが見て取れる。
味気ない、
と当てたときは、
やるせない
↓
なさけない
↓
面白くない
と、ほぼ感情表現が、相手との関係への感情から、自身の感情へと転じているように思える(広辞苑)。今日は、「おもしろくない」意でしか使わない。
「あずき」について触れた「豆」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/473371197.html?1580503032)で引いたように、万葉集に、
小豆無し何の狂言(たはこと)今さらに童言(わらはごと)する老人(おいひと)にして、
面形(おもかた)の忘れ瓶(へ)あらばあづきなく男(をとこ)じものや恋ひつつ居(を)らむ、
中々に黙然(もだ)もあらましを小豆無く相見初めても吾れは戀ふるか、
等々と、「あづきなし」に「小豆」を当てている。しかし、
日本書紀の「無道」「無状」にあてた古訓や古辞書の訓みは「あぢきなし」で、平安時代以降は「あぢきなし」に一本化した。現代語の「あじけない」は、この語がさらに転じたもの、
とある(日本語源大辞典)。つまり、
あづきなし→あぢきなし→あじけなし(い)、
と転訛したものということになる。大言海が、「あぢきなし」に、
無状、
と当てているのは、ある意味原則にのっとっている。
その大言海は、「あぢきなし」について、
「アは、発語、あ附(づき)なしの義(あ清(さやか)、あ遍(まね)し、あ諄(くど)し)。橘守部の湖月抄別記、あぢきなう、アヂキナク『阿は、歎息の発語、都岐(つき)は、ヲリツキナシなどの都岐にて、只、ツキナシとも云ふ』。をりつきなし、即ち遠慮なしの意となる。」
とする。「をりつきなし」は岩波古語辞典、大言に載らないので、たしかめようがないが、「遠慮なし」の意味では、岩波古語辞典の言う、「無状」に宛てた当初の意味とは、ずれるのではあるまいか。
日本語源広辞典は、「あぢきなし」を、
ああ+つきなし(似つかわしくない)、
と、
自分で自分が嫌になる、転じて、相手が無道で手に負えない、仕方がない意になる、
とするが、これだと、主体の感情表現から、相手の価値表現へと転じたことになり、岩波古語辞典の主張とは真逆になる。となると、当初、「あづきなし(小豆無し)」は、
自分の感情表現、
情けない、
であった言葉が、
無状、無道、
に当てることで、
無礼である、
遠慮がない、
という、相手に対する価値表現に広がったことになる。つまり、
小豆無し、
を、
あづきなし、
と当てた言葉は万葉集にあった意味は、日本書紀が、
無道、
無状、
を、
あぢきなし、
と訓ませたとき、当初の「あづきなし」の意味ではない語意に変えたのかもしれない。
(あぢきなしと)アヅキナシとどちらが古いかは簡単に決めにくい(時代別国語大辞典-上代編)、
というのは、これを指しているのかもしれない。とすると、今日、
味気なし、
と、主体の感情表現になって、
面白くない、
なさけない、
という意味で使うのは、先祖返り、なのかもしれない。
参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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