2020年03月08日
はし
「はし」は、
橋、
箸、
端、
梯、
嘴、
階、
と当て分ける。この他に、柱(http://ppnetwork.seesaa.net/article/473416760.html)で触れたように、「柱」の語源として、大言海は、
ハシは屋根と地との間(ハシ)にある物の意、ラは助辞、
とし、日本語源広辞典も、
ハシ(間)+ラ、
を採り、
屋根と地のハシ(間)に立てるものをいいます、
とする。この説を採るものは多く、古事記傳・雅言考・国語の語根とその分類=大島正健・日本語源=賀茂百樹等々)、
ハシラ(間等)の義(言元梯)、
も同趣である、と述べたが、
間(正確には、「閒」。「間」は俗字)、
も、「はし」と訓ませた。「柱」の語源でも、「橋」「梯」の「はし」とからめて、
橋渡しとなるもの、二所間の媒介物としてのハシ(橋・階・梯)諸語と同じ原義(時代別国語大辞典-上代編)、
梯座の義(和訓栞)、
という説もあるほど、どうやら、
橋、
箸、
端、
梯、
嘴、
階、
閒(間)、
は、語源として深くつながっている、とみられる。言うまでもなく、
「橋」は、通行のために、川や湖・谷・道路などの両側を結んでかけわたした構築物、
「箸」は、食べ物を挟み取って食べるのに用いる、一対の棒。木・竹・象牙などで作る、
「端」は、物事の起こり、はじめ。へり、ふち、さき、きわ、はじ。切れ端。間、
「梯」は、はしご。高い所へ登るための道具。二本の長い材に足掛かりとなる横木を何本もとりつけたもの、
「階」は、階段。きざはし、
「嘴」は、くちばし、
「閒」は、二つのものにはさまれた部分、時間・距離の隔たり、関係、物事の中間、
等々という意味である。
「端」は、縁、辺端、といった意味だが、
端、
を、
は、
とも訓ませる。
「奥」「中」の対、周辺部・辺縁部の意、転じて、価値の低い、重要でない位置や部分、
と、周辺の状態表現が価値表現へと転じているのだが、
間、
の意味もあり、万葉集には、
まつろはず 立ち向ひしも 露霜の 消(け)なば消(け)ぬべく 行く鳥の争う端に渡會(わたらい)の、斎の宮ゆ 神風(かむかぜ)に い吹き惑はし(柿本人麻呂)
くもり夜の、迷へる閒に、朝もよし、城上(きのえ)の道ゆ、つのさはふ、磐余(いわれ)を見つつ、
の例があり、「はし」に「閒」と「端」を使っているし、古事記には、
閒人(はしびと)穴太部王、
という例もあり、
端、
と
閒、
は、「縁」の意と「間」の意で使っていたように思われる。だから、大言海は、「橋」を、
彼岸と此岸との閒(はし)に架せるより云ふ、
とする。国語大辞典も、
両岸のハシ(間)をわたすもであるところから、ワタシの略転、早く渡れるところからハヤシ(早)の中略、両岸のハジメ(初)からハジメ(初)へ通ずるものであるところから、
とある(http://www.kumamotokokufu-h.ed.jp/kumamoto/isibasi/hasi_k.html)。さらに、「はし」は、
現在”橋”と書くが、古くは”間”と書いていたことが多かった。もともと、ものとものとを結ぶ”あいだ”の意味から、その両端部の”はし”をも意味するようになった、
ともある(仝上)。「はし(閒)」とする説は多く、
両岸のハシ(間)にわたすものであるところから(東雅・万葉集類林・和語私臆鈔・雅言考・言元梯・和訓栞・国語の語根とその分類=大島正健・日本語源=賀茂百樹)、
この他、
ハザマ(狭間)・ハサム(挟)等と同源か。ハシラ(柱)・ハシ(端)とも関係するか(時代別国語大辞典)、
ハシラ(柱)の下略(和句解)、
ハシ(端)の義(名言通・言葉の根しらべの=鈴木潔子)、
橋は「端」と同源。「端」の意味から「間(あいだ)」の意味も持ち、両岸の間(はし)に渡す もの、離れた端と端を結ぶものの意味から(語源由来辞典)、
あるいは、日本語源広辞典のように、
ハシ(間)です。隔たったある地点の閒(ハシ)に渡すもの、の意です。高さのハシ、階、梯、谷や川を隔てた地点のハシ、橋、食べ物と口とのハシ、箸、いずれもハシ(閒)を渡したり、往復するものです、
と、「橋」と「箸」「梯」「階」ともすべてつなげる説まである。「柱」もまた、
天と地のハシ(閒)、
であった。これから考えれば、母船から陸に荷物を運ぶ「はしけ(艀)」も、
沖合と波止場とのハシ(閒)、
の意味と重なるだろう。
保田與重郎も、
「橋も箸も梯(はしご)も、すべてはしであるが、二つのものを結びつけるはしを平面の上のゆききとし、又同時に上下のゆききとすることはさして妥協の説ではない。(中略)神代の日の我国には数多(あまた)の天の浮橋があり、人々が頻りと天上と地上を往還したといふやうな、古い時代の説が反って今の私を感興させるのである。水上は虚空と同じとのべたのも旧説である。『神代には天に昇降(のぼりくだ)る橋ここかしこにぞありけむ』と述べて、はしの語源を教へたのは他ならぬ本居宣長であつた。此岸を彼岸をつなぐ橋は、まことに水上あるものか虚空にあるものか。」
と(日本の橋)、橋と梯子をつなげていた。
梯、
階、
の「はし」は、
ハシ(橋)と同源(東雅・大言海)、
ハシ(端)の意(名言通)、
ハシ(閒)の義(言葉の根しらべの=鈴木潔子・大言海)、
と、ほぼ「橋」とつながり、たぶん、「柱」ともつながる。
「箸」については、箸(http://ppnetwork.seesaa.net/article/406796201.html)で触れたことがあるが、
「はしご」や「きざはし」などの「はし」、食べ物 を挟む「箸」も同源である、
と見る見方ももちろんある(日本語源広辞典、語源由来辞典)。例えば、
食と口との間を渡すものであるところからハシ(閒)の義(俗語考・言葉の根しらべの=鈴木潔子・国語の語根とその分類=大島正健・大言海・日本語源=賀茂百樹)、
食を口へ渡すものであるところからハシ(橋)の義(和句解・言元梯・和訓栞)、
しかし、大言海が、
食と口との閒(ハシ)を渡す意と云ふ、
或いは、
竹の端(ハシ)と端(ハシ)とにて挟めば云ふか、
と二説挙げたように、
ハサミ(挟)の義(名言通)、
ハサム(挟)と同語源(古代日本語文法の成立の研究=山口佳紀む)、
竹の端と端で挟むところからハシ(端)の義(東雅・言葉の根しらべの=鈴木潔子)、
と「挟む」と絡める説はある。ただ、「はさむ(挟)」の語源を見ると、
ハサは閒の義。二物の間に押さえ持つ意(国語の語根とその分類=大島正健)、
ハは間の義。端にセバメ(狭)寄せる意(日本語源=賀茂百樹)、
と、「閒」の「ハシ」に戻ってくる。どうやら、これも、
閒、
の意で、「橋」「梯」「階」とつながるようである。
しかし、「嘴」の「ハシ」は、少し難しい。大言海は、
くちばし(嘴・喙)と同じ、
とし、「くちばし」は、
口端(くちばし)の義、
とする。岩波古語辞典も同じく、
ハシ(端)と同根、
とする。他も、
ハ(端)から出た語(国語の語根とその分類=大島正健)、
と、「ハシ(端)」見る説が大勢である。ただ、「箸」を、
ハシ(嘴)の転義(日本釈名)、
古くは、一本の棒を折り曲げ、ピンセットのように挟んで使うもので、鳥の嘴に似た形であった ことから、「嘴(はし・くちばし)」が語源(語源由来辞典)、
ということはあり得るので、結局、
橋、
箸、
端、
梯、
嘴、
階、
閒(間)、
は、すべてが同系につながってくるようである。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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