2020年03月21日

砂糖


「砂糖」の原料の一つ、サトウキビの原産地は現在のニューギニア周辺の島々だとされるが、「砂糖」は

インドが起源だとされ、英語名 Sugar は、サンスクリット語の Sarkara(砂粒の意味)が語源だとも云われ、それがインドで最初に作られたとする根拠となっています。ニューギニア原産のサトウキビが、いつ頃インドに伝わったかは、定かではありませんが、紀元前の古い仏典に砂糖(薬品として)に関する記述があるそうなので、かなり時代を遡ることは確かです、

とあるhttp://www.in-ava.com/satou.html。大言海の記述がおもしろい。

梵語sarkara(甘藷、沙糖、仏語sucre、独語Zucker、英語sugar、甘精saccharine)の首音を取りて、支那にて、庶と音訳し、味の甘きを以て、漢語の糖(あめ)の字を添へて、庶糖と熟語にしたる、梵漢雙擧の語なり(閩部疏に、飴蔗と見え、又、甘蔗(かんしや)と云ふ、共に、雙擧なり)。後に草なるに因りて、蔗とし、其形の、沙(すな)の如くなる意に寄せて、沙糖とし、又、沙の俗字なる、砂と記すなり、今習慣により、俗字を用ゐる、

と。本草和名(延喜)に、

沙糖、甘庶汁作之、唐、

とある。説文には、

唐、飴なり、

とあり、塵袋(弘安)には、

沙唐は、唐のあめ也、

とあり、本草綱目「沙糖」には、

笮甘蔗汁、煎成紫色、李時珍云、法出西域、唐太宗、始遣人傳其法入中国、

とある(大言海)。李時珍とは、中国・明の医師で本草学者。中国本草学の集大成とも呼ぶべき「本草綱目」等々を著したhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E6%99%82%E7%8F%8D。宋の陸游の「老学庵筆記」によると、中国でも古くは砂糖はなく、唐の太宗のとき外国から伝えられた、とある(日本語源大辞典)。

砂糖黍.jpg

(サトウキビ http://www.in-ava.com/satou.htmlより)


甘庶、
あるいは、
甘蔗、

は、

カンショ、
カンシャ、

と訓み、

さとうきび(砂糖黍)の漢名、

である。

砂糖は奈良時代に鑑真によって日本伝えられたとされている。鑑真東征傳には、

奈良朝、天平勝寶六年、唐僧鑑真、来朝す、其本國を發はする時、舶齎の數百品を載す、其中に蔗鎕等五百餘斤、甘蔗八十束(太宗より百余年後なり)、

とある(大言海)。

当初は輸入でしかもたらされない貴重品であり医薬品として扱われていたが、平安時代後期には本草和名に見られるようにある程度製糖の知識も普及し、お菓子や贈答品の一種として扱われるようにもなっていた。室町時代には幾つもの文献に砂糖羊羹、砂糖饅頭、砂糖飴、砂糖餅といった砂糖を使った和菓子が見られるようになってくる。名に「砂糖」と付くことからも、調味料としての砂糖は当時としては珍しい物だった、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A0%82%E7%B3%96

日本国内で砂糖が作られるようになったのは、1453年沖縄の長嶺陵正によってからだと思われる。その後、「農業全書」(1696)、「和漢三才図絵」(1713)等により甘蔗の栽培と製糖法が紹介され、1727年には将軍吉宗により、琉球国から(平賀源内の「物類品隲」(ぶつるいひんしつ)の記述では薩摩から)甘蔗苗が求められ、本州・九州で栽培・製糖がおこなわれるようになって、やがて民間へも普及するようになった、

という(日本語源大辞典)。この経緯は、「和三盆」http://ppnetwork.seesaa.net/article/474134165.html?1584646648でも触れたように、

金銀流出の原因のひとつとなっていた砂糖輸入を減らすために江戸時代の将軍徳川吉宗が琉球からサトウキビをとりよせて江戸城内で栽培させ、サトウキビの栽培を奨励して砂糖の国産化をもくろんだ。また、殖産興業を目指す各藩も価格の高い砂糖に着目し、自領内で栽培を奨励した。とくに高松藩主松平頼恭がサトウキビ栽培を奨励し、天保期には国産白砂糖流通量の6割を占めるまでになった、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A0%82%E7%B3%96。ちなみに、長嶺陵正は、

長嶺按司陵正、

といい、長嶺グスク(城跡)の案内によると、

尚金福王の時代(1450~53)に中国に渡り、砂糖製造法を習い受け、ハー帰国後龍気宇国内に製糖法を教え広めた、

とされたhttps://ja.monumen.to/spots/7447、という。

ところで、砂糖は製糖の過程によって、

糖蜜分を含む分蜜糖(ラニュー糖、上白糖等々)、

糖蜜分を分離した含蜜糖(黒砂糖、メープルシュガー、パームシュガー等々)、

に分けられる。日常使用されているのは、ほとんどが分蜜糖であるが、和三盆は、黒糖と共に、

含蜜糖に分類、

する説http://sanuki-hiyori.jugem.jp/?eid=6と、

分蜜糖に入れる、

説があるhttps://taberugo.net/1090が、和三盆の特徴は、

粉砂糖に近いきめ細やかさを持ち、微量の糖蜜が残っていることから淡く黄色がかった白さとなる、

ので、含蜜糖に入れるのが妥当に思えるが、微妙のようである。

砂糖の結晶.jpg



参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:42| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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