2020年06月07日
もたもた
「もじもじ」「うじうじ」「いじいじ」(共に、http://ppnetwork.seesaa.net/article/475419164.htmlで触れた)が、心理状態を表す擬態語だとすれば、「ぐずぐず」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/475438824.html)「のろのろ」「もたもた」「もごもご」は、その行動・態度の、のろさ具合を指し、価値表現がより際立っている。「ぐずぐず」は触れたので、「のろのろ」「もたもた」「もごもご」などについて触れていく。
「もたもた」は、
処理にまごついたり行動が機敏でなかったりするさま、
物事が順調に進まないさま、
の意で、
もたもたするな、
交渉がもたもたと長引く、
といった使い方をするのが、今日では、普通である。アクセントは、
もたもた、
で、
もたもた、
では、滞っている意になる(擬音語・擬態語辞典)、とある。
ただ、大言海には、「もたもたと」の項で、
胸につかえて、吐気を催す状などに云ふ語、
とある。これについては、他に言及がないので、判断がしかねるが、或いは、原意は、これだったのかもしれないと思わせるのは、「もたもた」は、
もたつく、
の「もた」と関係のある語(擬音語・擬態語辞典)、とあるからである。大言海は、「もたつく」に、
むかつく、
と同義とし、
吐気を催す、
意としているので、「もたもた」の「もた」を、
むかつく、
の「むか」の転訛とみなしている可能性がある。あるいは、今日の「もたもた」とは別語の可能性があるが。
江戸語大辞典は、「もたつく」を、
いちゃつく、
と同義で、
男女がもつれあってふざける、
意としている。広辞苑は、「もたつく」を、
すらすらとはかどらない、
意とともに、
男女がいちゃつく、
意も載せているので、江戸時代にその意で使われていたことは確かである。ただ、「もたつく」は、
もたもた+つく、
で、擬態語「もたもた」の動詞化のようなので、語の先後は、「もたもた」が先のようである。
江戸時代、「もたもた」同義で、
とちとち、
が、
まごまごする、
うろたえる、
意で使われている(江戸語大辞典)ので、「もたもた」が行動面の鈍くささを言い表しているとすると、
とちとち、
は、その心理状態の、
まごついているさま、
うろたえているさま、
の方に意味が少しシフトしている気がする。
行動のろさを指す、「もたもた」似た言葉に、
のろのろ、
がある。「のろのろ」は、
鈍鈍(広辞苑)、
遅遅(大言海)、
等々と当て、やはり、
動作や物事の進行が非常にゆっくりしているさま、
の意で、
のろのろした動作、
のろのろと立ち上がる、
等々と使う。
のろっ、
のろり、
等々とも使う。
のろりのろり、
といった使い方をする「のろり」自体は、
動作や物事の状態が、あわただしくなく、気の長い様子、
の意(擬音語・擬態語辞典)で、この言葉も、
のろっ、
も、状態表現であって、「のろのろ」にある、貶める価値表現はない。
のろりのろり、
と重ねると、少し価値表現の入った、マイナスの含意がある。「のろり」「のろっ」「のろのろ」は、
ふらり、
といった飄逸さがある。あるいは、逆にそれ自体を評価した
のんびり、
といった価値表現ともつながる含意がある。そのためか「のろり」には、江戸時代、
異性に甘い、
という意味もあり、そこから、
のろける(惚気る)、
が派生している。
うつかりしてゐて、おめへの艶情(のろけ)を受けるやつサ、いつの間にか惚意(のろく)なってゐるの、
と使われている(人情本「春色梅児誉美」)。しかし動詞化された、
のろい(鈍い)、
は、
鈍い、遅い、
手ぬるい、
女に甘い、
の意で、その語源を見ると、
ヌルシの転(大言海・ねざめのすさび)、
とみなされ、
仕事が手緩い、
の意(日本語源広辞典)の、
ヌルシ→ノロシ、
と見られる。「ぬるし(温し)」は、
ぬるぬる、
の「ぬる」と同根(岩波古語辞典)、
生温かい、
意から、それをメタファに、
鋭さが足りない、にぶい、のんびりしている、
いい加減でおろそか、
へと転じ、「ぬるぬる」は、
生温かい、
意と同時に、
動きや反応が鈍い、
意があるので、「のろのろ」は、
ぬるぬる→のろのろ、
の転訛とも考えられる。「のろのろ」の「のろ」のマイナスイメージから、
のろつく、
と動詞化されたり、
のろつく(つくは接尾語、どんつくの「つく」と同じ)、
のろ助、
のろ作、
と擬人化されたり、
のろっ臭い、
のろっ濃い、
のろくさい、
等々と形容詞化されたりして使われ(江戸語大辞典)、今日にも生き残っている言い回しがある。
「もごもご」は、「もたもた」の動作が、しゃべり方に特定された表現とみることができる。
口をはっきり開けないで物を噛む、
さまの状態表現であるが、それをメタファに、
口を十分開けずに物を言い、音声が口の中にこもっているさま、
の意で使う。
口を動かさないので、言葉が口の奥にこもってしまい、明瞭に聞き取れない話し方、
であり、聴く側にとって、
じれったさ、
を感じさせる(擬音語・擬態語辞典)。その意味で「もたもた」のしゃべり方版である。あるいは、咀嚼するさまの意の、
もぐもぐ、
の転訛と思われる。「もぐもぐ」自体に、
口を開かないので、言葉が口の中にこもっているさま、
の意がある。
もぐもぐ→もごもご、
の他に、今は使われなくなっているが、
もがもが、
という言い方もあった(擬音語・擬態語辞典)。
もぐもぐ→もがもが→もごもご、
と転訛したのかもしれない。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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