2020年07月16日

気の毒


「気の毒」は、今日、

病気がちで気の毒だ、

というように、

他人の苦痛・難儀についてともに心配する、
同情、

という意味か、

すっぽかして気の毒なことをした、

というように、

相手に迷惑をかけてすまなく思う、

意で使う(広辞苑)。しかし、

気の毒、

は、

気の薬の対、

とされ(岩波古語辞典)、本来は

毒を飲んでしまったようないやな気持ち(笑える国語辞典)、
心の毒(日本語源広辞典)、

という意味で、

かやうの事を見れば気の毒にて候、

というように、

自分が難儀な目に遭って心を痛め、苦しむこと、困ること、極まりが悪いこと、当惑すること、迷惑なこと、

といった意味で使った(広辞苑・岩波古語辞典)。大言海は、

心の害毒(わざはひ)、心の煩悶(わづらひ)の義、己が心にも云ひ、他人の身の上にも云ふは、いたつく、いたはる、いとほしに、内外の二義あるが如し、

と記す。だから、心の煩い、災いなので、

傷心、
心配、

だけでなく、気にかかる意の、

関心、

もその語彙の中に入る(大言海)。ある意味では、

心を痛めること、迷惑すること、困ること、

だった意が、心の煩悶の意では、

恥ずかしいこと、きまりの悪いこと、

にも広がった、ということが出来る(大辞林)。

そうした自分の内心の鬱屈が、他人の身の上に転化され、

不憫、
同情、
憐愍、

の意も含むことになる(仝上)。自分の内心の心の動きがわかるからこそ、相手の心の動きがわかる、という意味で、

忖度、

して、自らの心の中のことのように、同情することになる。そして、さらに、今日、

彼には気の毒なことをした、

という使い方は、相手の心の内を忖度するだけではなく、

自分の言動が相手に与えたであろう迷惑・影響を慮って、

他人に迷惑をかけて申し訳なく思う、

という使い方になっている。本来は、

「心の毒になること」「気分を害するもの」の意味で、自分の心や気持ちにとって毒になるもの、

をいったのが、

他人の不幸や苦痛に接した時、自分のことのように思い心苦しくなることから、同情の意味で用いられ、主に自分の気持ちではなく相手の気持ち、

を言うようになり、さらに、自分との関係の中で、相手に与えた影響を、

「気の毒なことをした」というように、迷惑をかけて申し訳なく思う、

意味で用いるようになった(語源由来辞典)という、

主体の心情、

相手の心情、

自分が相手に与えた影響を慮る心情、

と、複雑な心情表現に変わってきた、とみることができる。江戸語大辞典には、

心苦しい、つらい、
同情する、
気恥ずかしい、

しか意味は載らない。

気の毒らしい、

という使い方をし、ここにも、

心苦しい、

という意味がある。これが正しいとすると、

自分が相手に与えた影響を慮る心情、

は、

主体の心情、

の心苦しさの意味の拡大、ということもあり得ると思える。

「気の毒」の類義語「可哀相」は、

人・動物などの弱い立場にあるものに対して同情を寄せ、その不幸な状況から救ってやりたく思う意を表す、

のに対し、「気の毒」は、

その人の苦しい境遇に同情して心を痛める意を表す、

という差がある(大辞林)、とある。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:気の薬 気の毒
posted by Toshi at 03:48| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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