2020年07月26日

福神漬


「福神漬」は、

漬物の一種で、大根・茄子・鉈豆(なたまめ)・白瓜・蓮根・生薑・紫蘇の実など七種の野菜を塩漬けにしたものを細かく刻み、塩抜きをしたのち圧搾して、砂糖・醬油などに漬け込んだもの、

であり(広辞苑)、

七種の材料を用いたことから、七福神にちなんで命名した、

とある(大辞林)。七種の具は、

大根・茄子・鉈豆(なたまめ)・白瓜・蓮根・生薑・紫蘇の実(広辞苑)、
大根・なす・かぶ・なた豆・しその実・うり・れんこんなど7種類(世界の料理がわかる辞典)、
茄子・瓜・生薑・紫蘇・刀豆(なたまめ)・小蕪の出盛りのものに、乾大根を加へ(大言海)、
ダイコン、ナス、カブ、ナタマメ、ウド、シイタケ、シソの実、ショウガ、タケノコ、ニンジン、蓮根などを適宜(日本大百科全書)、
大根・ナス・ナタマメ・蓮根・胡瓜・シソの実・椎茸等https://dic.nicovideo.jp/a/%E7%A6%8F%E7%A5%9E%E6%BC%AC
大根・茄子・鉈豆(なたまめ)・蓮根・生姜・紫蘇の実・筍(語源由来辞典)、
茄子・蕪・大根・なた豆・紫蘇の実・うど・筍・蓮(たべもの語源辞典)

と、それぞれ微妙に違うが。

福神漬.jpg


由来については、

寛文12年(1672年)、出羽国雄勝郡八幡村(現・秋田県湯沢市)出身の了翁道覚が、上野寛永寺に勧学寮を建立した。勧学寮では寮生に食事が出され、おかずとしては、了翁が考案したといわれる漬物が出された。ダイコン、ナス、キュウリなど野菜の切れ端の残り物をよく干して漬物にしたもので、輪王寺宮がこれを美味とし「福神漬」と命名、巷間に広まった、

とする説https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E7%A5%9E%E6%BC%ACと、

明治時代初頭、東京・上野の漬物店「山田屋」(現在の酒悦)の店主・第15代野田清右衛門が開発し、自分の経営する茶店で売り出したところ評判となり、日本全国に広まった。名づけ親は、これを大いに気に入った当時の流行作家「梅亭金鵞」で、「ご飯のお供にこれさえあれば他におかずは要らず、食費が抑えられ金が貯まる(=家に七福神がやってきたかのような幸福感)」という解釈で、7種類の野菜を使用し店が上野不忍池の弁才天近くにあった事から「福神漬」と命名されたとされ、日暮里の浄光寺に表彰碑が存在する。また、この名称が広がる事を願った清右衛門は、商標登録をしなかった、

とする説(仝上)がある。碑は現在でも、

西日暮里の淨光寺に「福神漬発明者野田清右衛門表彰碑」、

として現存しているhttps://pando.club/post-1604、という。一般には、後者が大勢で、発案者は初代野田清右衛門、とするのは、たべもの語源辞典で、こう記している。

清右衛門は伊勢山田の出身で、延宝三年(1675)に江戸に出て山田屋を名乗り、東海地方から乾物を引いて業とし、初めは本郷元町に店を構えたが、後、上野に移った。その店は香煎(こうせん)屋といわれた。江戸末期の大名・旗本屋敷などでは縁起をかついで茶を用いない風習があったが、町家の人々もこれにかぶれて婚礼などの祝儀には茶は仏事のものとして嫌がった。今日でも結婚式に桜湯を飲んでいるのはその名残りである。香煎屋は、神仏両用のものを売るが、一般に茶の代用品としては山椒や紫蘇の実などの塩漬けに白湯をさして飲んでいた。山田屋は東叡山輪王寺の御門跡の宮様に出入りしていたので、「酒悦」の屋号を賜って江戸名店の一つになった。そして清右衛門は、茄子・蕪・大根・なた豆・紫蘇の実・うど・筍・蓮などを細かく刻んで、味噌醤油で下漬けをしてから、水飴などを加えて再び煮詰めた味噌醤油に漬け込んだ新製品をつくりだした。それを小石川指ガ谷町に住む梅亭という趣味人のところへ持っていき、試食してもらった、

と。で梅亭が、「酒悦は不忍池の弁財天に近いから七福神に見立てて『福神漬』と命名し、その材料も七種にするとよい」と教え、「この漬物を常用するときは、他に副食はなくても済むから贅沢をせず、知らず知らずに財宝がたまって福が舞い込む」と書いて引札をつけるとよいと勧められた、とある(仝上)。それが明治18年(1885)、という。このために、10年以上かけた、ともあるhttps://pando.club/post-1604

命名の謂れについては、別に、この「漬物」を、

明治19年(1886)上野公園に日本釈名水産会第一回品評会が開かれた時、会の幹部のものが試食して「これは着想もよし味もよいから」と、会場の売店に出品販売させ、初めて命名された、

ともある(たべもの語源辞典)。二説のいずれとも決めかねるが、もともとあったものに清右衛門が、工夫を加えたものなのかもしれない。なお、カレーライスの定番となったについては、

大正時代(1902、1903年説あり)に日本郵船の欧州航路客船で、一等船客にカレーライスを供する際に添えられたのが最初であり、それが日本中に広まったとされる。福神漬が赤くなったのは、インドカレーの添え物であるチャツネに倣ったという、

説があるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E7%A5%9E%E6%BC%AC由で、

昭和初期、軍隊で支給された缶詰の福神漬は砂糖で甘く味つけされており、人気を得るに至った。これを故郷に持ち帰った将兵により甘口の福神漬は全国に広まることになる、という(仝上)。

因みに、「福神」とは、

財物にめぐまれるしあわせを授ける神、

いわゆる、

福の神、

で、福をもたらすとして日本で信仰されているのは、

七柱の神、

である。つまり、一般的には、

恵比寿、大黒天、福禄寿、毘沙門天、布袋、寿老人、弁財天、

とされており、それぞれがヒンドゥー教、仏教、道教、神道など様々な背景を持っている、とされるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E7%A6%8F%E7%A5%9E

参考文献;
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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posted by Toshi at 04:08| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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