2020年08月15日

能天気


「能天気」は、

能転気、
脳天気、

とも当て(大辞林・広辞苑)、

のーてんき、

などとも表記される。意味は、

軽薄で向こう見ずなさま、
生意気なさま、
物事を深く考えないさま、

という意味が載る(広辞苑)。三者の意味は少しニュアンスが異なる気がするが、

物を甘く見て(高を括って)、極楽とんぼをかます、

だから生意気を言う、という意味では、意味はほぼ重なるのかもしれない。「極楽蜻蛉」http://ppnetwork.seesaa.net/article/429793857.htmlについては触れた。

悩みなどなく、何も考えていないことを指す言葉、

ともある(実用日本語表現辞典)。だから、

軽薄なことや安直なこと、またはそのような人、

の意になり、

更にそれが転じ、生意気な人を指しても使われる、

とあるhttps://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1410453834ので、意味の外延を広げたと見ることができる。

本来の表記は、

能天気、

であり、

脳天気、

は戦後に現れた比較的新しい表記である、

とありhttps://dic.pixiv.net/a/%E8%84%B3%E5%A4%A9%E6%B0%97、この「脳天気」は、小説家の平井和正が書いたのが嚆矢で、広まったhttps://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1410453834、とされる。

過去には「能転気」と表記されることもあった、

ともあるがhttps://dic.pixiv.net/a/%E8%84%B3%E5%A4%A9%E6%B0%97、それがいつを指すのかがはっきりしない。

すでに江戸時代には使われており、江戸語大辞典には、

能天気、

の表記で、

軽薄で向こう見ずな男、

の意とある。

「能天気といふ者、夜々に出て群り、大口をきひて喧嘩を起し亦はやり哥をうたふて」(宝暦四年(1754)魂胆惣勘定)、
「面打の瞳を入れる能天気」(明和四年(1767)不断ざくら)、
「闇もよしおもひの儘ののふてんき」(明和四年(1767)豆鉄砲)、
「声色で高座を叩くのふてんき」(文化九年(1812)誹風柳多留)、
「花のころやみ雲の出るのふ天気」(文政十年(1827)誹風柳多留)、

等々https://d.hatena.ne.jp/keyword/%E8%84%B3%E5%A4%A9%E6%B0%97の用例から見ると、向こう見ず、という含意は薄れ、軽薄、吞気の意味が強くなる気がする。

語源ははっきりしないが、

頭の中が晴れている、という比喩から、

とあるhttps://d.hatena.ne.jp/keyword/%E8%84%B3%E5%A4%A9%E6%B0%97のが、その含意をよく伝えていく気がする。

能天気とは、頭の中が快晴であるという意味だが、空が澄み渡るように頭脳明晰であるということを言いたいのではなく、空に雲一つないようになにも考えていない様子を言い表している。普通の人間なら将来に不安を抱いたり、現状を思い悩んだりして、雲のふたつやみっつ空に浮かび、太陽もかげりを見せているだろうに、そうはなっていないことから、要するに頭の中が澄み渡るようにハッピーな状態、

を能天気と言う(笑える国語辞典)とあるのも、同趣旨だ。

対義語として、些細なことにも気を病む「神経質」などが挙げられる。能天気は相手を蔑むようなニュアンスがあるのに対し、似た意味の「楽観的」は物事を良い方向に捉える考え方を意味する、

ともある(実用日本語表現辞典)が、むしろ、

暖気、
呑気、
暢気、

等々と当てる「のんき」に近い気がする。だからか、日本語源広辞典は、「能天気」の語源を、

ノンキ(暖気、気晴らし)から派生した語、

とし、

「軽薄で調子者」の意を表す「のんき」(気晴らし)と区別するために、「ン」を、テン付きの語とみて、ノウテンキとしたのが語源、

とする。よくわからない言い回しだが、「暖気」の「暖」の、唐音ノンの転訛とされる(大言海は宋音)。従って、吞気、暢気は当て字である。

気晴らし、
気分や性格がのんびりしている、

意で、「能天気」とは、かなりニュアンスが異なる。

「のんき」ということばとも似ていますが、「のんき」は良い意味で用いられる場合もあるのに対し、「のうてんき」はどちらかというと侮蔑するような印象が感じられる傾向があります、

とあるhttps://www.alc.co.jp/jpn/article/faq/04/29.html

「能」という字は、物事をうまくこなすという意味をもっていますから、「能天気」、「能転気」と書いた場合「天をも意のままにするかのような気持ち」、あるいは「何事もうまく転じられるかのような気持ち」といった意味になるでしょうか、

という解釈もあるかもしれない(仝上)が、「暖気(ダンキ)」は、

あたたかさ、

を意味し(字源)、それをメタファ―に、

長閑で、のんびりしている

意で使った、と思われる。大言海は、

気の煩ひなく、伸び伸びすること、

という意を載せる。これが元々なのは、

中世紀には、(気晴らしをすること、気散じすること)のような動作性の意味でもちいられたが、次第に(のんびりしていること、むとんちゃくなこと)のような心理的な意味合いを表すようになった。「のんぴら」「のんどり」など「のん」を含む語の意味への類推が働いたためか、

としている(日本語源大辞典)。室町末期の伊京集には、

暖気 ノンキ、遊也、

とある(岩波古語辞典)。そう考えると、

頭の中が快晴、

の能天気と、

暖かさ、
のんびりしている、

とは通底していることは確かである。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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